2006年 絵画鑑賞会

2006/11/21

②ジオットとその周辺について - 池先生ご講演 土曜講座から

martedi, il ventuno Novembre, 2006,
sono le ventidue e mozza.

          Giotto_1
      「小鳥に説教する聖フランチェスコ」
            ジオット (1297-1300年頃)
              270×200cm、 フレスコ
アッシジ サン・フランチェスコ教会上堂、壁画

   『Ⅰfiretti di San Francesco』
   (聖フランチェスコの小さな花)

  聖フランチェスコが説教を始めると
  ”木にとまっていた小鳥たちは舞いおりてきて、
       聖フランチェスコの説教が終わるまで、みなが
         じっとおとなしく聞き入るのだった。
      一羽の鳥も身動き一つしなかった。”

   『聖フランチエスコの小さな花』田辺保訳 教文館

        Simone
        「聖フランチェスコ」部分
     シモーネ・マルティーニ Simone Martini
          1285頃-1344 シエナ派

先週の土曜講座の続きですが、前回は聖フランチェスコ
について拙いながら先生の教えていただいたことを
先日
書いてみたのですが、今日は、その聖フラチェスコが亡く
なってから、すぐにアッシジの地に着いた偉大な画家
ジオット・ディ・ボンドーネGiotto di Bondone,
1267年頃 -
1337年)について先生の述べられたことと少し自分でも
調べたことを付け加えてみたいと思います。

 Chimabue  Onisanti_1
    「荘厳の聖母」           「オンニッサンティの聖母」
     チマブーエ             ジオット
 1270年頃 ルーブル美術館     1310年頃 ウフィッツィ美術館

ダンテの神曲から
チマブーエが絵画界のリーダーと思っていたら、
ジオットがそれを奪ったので、チマブーエの名声
も落ちてしまった

1267年 ジオットはフィレンツェ近郊のコッレ・ディ・
ヴェスピーニャーノという小村に生まれました。少年時代は
羊飼いだったそうですが、画家チマブーエがジオットの絵を
観て、すぐに絵描きになるように勧めたそうです。

     Hekiga02_1
  聖フランチェスコ大聖堂の聖堂内

1290年 その師匠であるチマブーエが聖フランチェスコ
大聖堂の壁画を請負い、ジオットにもその事業に参加
させ壁画を描かせたそうです。

     Seido01
 大聖堂の壁一面を覆う、28枚のフレスコ画
       「フランチェスコ伝」
       1296年―1299年頃

チマブーエの作品はまだ、ビザンチン様式が色濃く残り、
遠近法もなく表情にも乏しい平面的であるのに対して、
ジオットの描いた絵には、まず空間表現と遠近法も
用いて
立体的な構図になっています。

冒頭の図版 「小鳥に説教する聖フランチェスコ」は、
入口の右手にすぐ入ったところにあるそうですが、
この作品、聖フランチェスコの戒律『従順・清貧・貞潔
に見合うように地味ではありますが、心優しく描かれて
いて、池上先生のお話を拝聴してから、この絵を観ると
フランチェスコそのものであることが伝わります。

1300年 ローマでいろいろな芸術に触れ研鑽を積みます。

1303年-05年  スクロベーニ礼拝堂の壁画を描きます。

      Padova
                     『哀悼』 
     パドヴァ、スクロヴェーニ礼拝堂
             1305頃 

晩年 フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
「ジョットの鐘楼」などを建築しています。

聖フランチェスコが当時のカトリックへ抵抗するように
ジオットも昔ながらのヴィザンティン様式から一転して
画面の奥行きや人物の表情も豊かになって、ルネサンス
への幕開けを導いていったゴシック期の偉大な巨匠だった
ということが良く分かりました。

池上先生の今回のご講演で、中世の頃の時代背景や
イタリア中部の地理的なこと宗教的にも美術的にも
昔からの因習を抜け出して、その200年後にはあの
ルネサンスの巨匠達、ミケランジェロやレオナルドや
ラファエロなど輩出する大事な基点となっていたことが
目の覚める思いで開眼させていただき大変興味深く
伺うことができました。

☆①「聖フランチェスコ」について書いております。

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2006/11/19

「古都アッシジとウンブリア諸都市」土曜講座 池上先生 ①聖フランチェスコ -鑑賞会 No.25

domenica, ill diciannove Novembre 2006,
sono le deiciannove.

       Ikesensei_2
      土曜講座-2時間大熱演の池上先生

 今週は火曜日のレオナルド、土曜日は
 
ブリジストン美術館の土曜講座で、池上先生より

     「古都アッシジとウンブリア諸都市」

のご講演を拝聴することができて幸せな週でした~☆
「Visiting Tour Club」のご参加者、
森田先生Nikkiさんと
恵泉の生徒さんとご一緒にご講演からご講演終了後に、
「オーストラリア現代美術展」のチケットを頂いたので

観賞してから、お食事まで長時間楽しく過ごさせて頂いて
有難う御座いました~☆

     56b64da2s_3
   サン・フランチェスコ大聖堂
   (池上先生より拝借しました)

チケットは先週の初めに完売になる盛況ぶりで、会場は
130名の聴講者の方々で満席です!私は早めに行って、
一番の前のお席を取り、かぶりつき状態で拝聴すること
ができまして、未だかつて行ったことも見たことないような
イタリアは中部のウンブリア州の聖堂やその内部に描か
れている絵画やそのほかの諸都市(ペルージャ、
オルヴィエートなど)の画像などたくさん拝見することが
できまして、なんだか、イタリアの中部を旅しているような

感じがするほど酔いしれました~♪

先生のご使用されているプレゼン用のマイクについては、

TAKさんのブログでご紹介されていますが、火曜日の
レオナルドのご講演の時にも気がついたのですが、先生
の新兵器をお持ちになって、今回も100枚以上の画像を
2時間の間にスムーズに展開されながら、軽快なテンポで
どんどんウンブリア地域の美術史なども含めてアッシジの
重要な文化について貴重な内容のお話をお伺いすることが
できました。

先生がご登場されると少し緊張した面持ちでしたが、いつも
の如くご紹介される間もご講演中も始終、お立ちになった
ままで、上記のプレゼン用マイクで操作も鮮やかに、
ウンブリア地方はどこか?という所からスタートです(Nikkiさん
のブログに
地図があります)。その前に、先生はレオナルドの
ご研究者なので、「最近は、ダ・ヴィンチ・コード関連以外の
仕事はこないです。このような中世のイタリア美術史について
お話するのは久しぶりなことなので、しっかりと準備して
きました!」と聴衆者をすぐに惹きつけられました。確かに
内容が豊富なこともありますので、今回は、アシッジと
聖フランチェスコの生涯を中心にジオットの絵を混ぜながら
書いて見たいと思います。図版は、WEB GALLERY OF ART
などから拝借いたしました。


アッシジはペルージャの東南25kmに位置し、スパシオ山の
山麓にあるなだらかな上の城塞都市です。聖フランチェスコ
の生まれた13世紀は、ウンブリア州は戦国時代で激しく都市
同士の戦いがあったために、今でも城塞(rocca)と城壁が
グルッと残っているそうです。

フランチェスコは1181年か82年に、アッシジで富裕な織物商人
の子として生まれました。父は語学も達者でしたので、ロンドン
やパリまで行って仕事の取引をしていました。フランス人の
「ピカ」とパリで出合い、結婚をしたのですが、長男の名前、
「ジョバンニ」を「フランスの」という意味で「フランチェスコ」と
あだ名を付けて呼んでいました。


これは他で調べたことですが、米国のサンフランシスコや
ブラジルのサンフランシスコ川は、彼の名前にちなんで
付けているそうです。

当時は、商人が経済力を持っていて、その中でも公証人、
法律家、銀行家(繊維業で力を持つ)と続いて、毛織物の
流通で財を成したベルナルドーネ家のフランチェスコは
まだ十代の内から派手に遊んでいたそうです。

1200年頃にお隣りの都市、ペルージャとアッシジは戦う
こととなりましたが、ペルージャは交通の便利な所に位置
していることもあり商業では繁盛していた
ので、人口も多く
アッシジはすぐに負けてしまい、フランチェスコは一年間、
捕虜になりました。当時は商人の息子は保釈金などで
お金になるとのことで、全員が捕虜扱いとなり、フランチェスコ
も同じ様に保釈金で解放されました。

次にスプレ-ドの戦いでも負けて、病いに伏し挫折を味わい
ましたが、1206年の20歳の時に、サン・ダミアーノ教会で
キリストの十字架の前にいると、キリストから次のような
言葉をを聞いて回心します。
 『サンタ・キアーラに壊れかけた修道院があるので
    それを直せよ。』

 
     Franc04
    聖フランチェスコ大聖堂内にある
     フレスコ画  -GIOTTO-

その教会を建て直すために、父がフランスなどに
行っている間に自宅からお金を持ち出してしまい
ますが、それが神父からの通報で父に知れてしま
うので、裸になって父親に全財産を返した時に、
法衣で彼を覆ってくれた司祭の絵はなんだか、
ユーモアがあって面白かったですね~♪

そのうちに、ポルティウンクラ教会もできて、説教を
始めると、普通の説教は難解なのにフランチェスコの
説教はパッションがあり分かりやすいので、最初は
訝しげ気に思われていたのが、だんだんと賛同者も
増えてきて、
ついには11人の弟子ができました。
1209年にその11人の弟子とともに、ローマの認可を
得るために、そのころ政権を握っていた教皇
インノケンティウス3世に謁見しに行きました。

    Franc07
  教皇インノケンティウス3世に謁見する
  シーン    -GIOTTO-

「聖フランチェスコ伝」では、フランチェスコがくる
前日に、教皇は倒れかけている教会を直したいと
認可に来る修道士が来る夢をみた、と伝えられて
いるので、実際に翌日来た事で認可を与えた、と
されたそうです。

1215年にフランチェスコ修道会が公式に認可され
フランチェスコ修道会はそれからどんどん大きく
発展していったそう
です。

     Saints
       フランチェスコとキアラ

1212年に、貴族の娘クララ(キアラ)や女弟子が
フランチェスコの指導を求めたので、サン・ダミアーノ
教会の近くに似ているような教会を建てて、聖キアラ
女子修道会を発足させました。

1219/20年には東方へも伝達しに行きました。

1224年に、アルヴェルナ山上で40日間の断食中に
両手足とわき腹5ヶ所に「聖痕」を受けました。

1226年、死去。

1228年に聖人となり、サン・フランチェスコ大聖堂
の建築が開始されました。

全欧州で、1100の修道会が発足し会員が2万人
以上にもなって、イタリア内でももっとも人気の高い
聖人と言われています。

先生がフランチェスコの説教を読み上げてください
ましたが、あまりのストイックさに涙が出そうになり

ましたが、今の日本ではありえないことが実行され
ていたのかもしれません。

  • 「従順・清貧・貞潔」
  • 労働をした時の代価は野菜などで金銭を
    貰ってはならない
  • 金銭は無価値なものである
  • 旅をするときは、何も持たない、馬も駄目
  • 苦難・虐待を与える人がいたら愛さなければ
    いけない

などなど・・・物を持たずにお金も受け取らず、暴力にも
耐えよ。。と今の時代の労働基準法やいじめ問題など
無視してすべて神のために耐え忍べよ。ということでしょうか?
一日のスケジュールも円グラフで見せていただきましたが、
ほとんど労働して修行をして少し寝て、食事をして
労働を
して。。という本当にハードですよ~!

それでも、その教えに賛同した人たちがいたというのは、
フランチェスコの教えに神を見たのかもしれませんね!
現代の物が余り過ぎている時代に、このような修行を
した人がいたことを知れることは、
何かあったときには、
身を軽くして生きる方向転換をすることを示唆している
のでは?と思ったりもしています。

長くなりました。お付き合い下さったかた、ありがとう
ございます<(_ _)>、

ご講演を拝聴したあとに、Takさんといつも拙ブログ
へコメントをくださるpipinさんと娘さんにお会いいたし
まして、ご挨拶を致しました。

そのあとは、お時間のある方達だけで、近くの居酒屋
さんで盛り上がってすっかり、フランチェスコの説教を
忘れ去ってしまったわけです~(^_^;

また、ジオットについてなども続きも書けたらと思っています。
先生、本当に素晴らしいご講演を拝聴できて感謝いたします。

☆「ジオットとその周辺について」②として書きました。

*長文でしたので後日、加筆修正いたしました。

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2006/11/09

「仏像」「庭園散策」&「大エルミタージュ展」 - 鑑賞会 No.24

Giovedi, il nove Novembre 2006,
sono le nove e quindici.

    Teien07

先週の3連休の最終日に[Visiting Tour Club]で、上野で
一日、ご参加者の皆様と一緒に楽しく過ごして参りました。

まずは、前評判の大変高かった

   「特別展「仏像 一木にこめられた祈り

を国立博物館平成館で、MerionさんとIchi-Nさんと
私の3人で観賞いたしました。初めて合った同志
でしたのに、すぐに意気投合!

仏像については、初めてこのように一堂に拝顔した
のですが、展示がとてもよく趣向を凝らしていまして、
仏様の背後に薄い色の付いた布地が張ってあり、
ライトで仏様の陰がその背後の布地に写ったりと
あの高い天井に国宝4体、重要文化財41体を含む
146体がより美しく展示されていて感激いたしました。

第一章 壇像の世界

会場内に入りますと、照明が暗くなっていて、縦2列
にやや小さめな仏像がショーケースに入って展示
されています。360度見渡せるので、私達も前や
後ろからグルグルと拝顔いたしました。仏像のことを
書くのは初めてですので、HPで詳しく解説がされて
いましたので、そちらも引用させていただきます。

 インドの伝説では、世界で初めての仏像はインド産
の白檀(びゃくだん)で造られたとされています。白檀は
木目が緻密で美しく、芳香を放つことから仏像の材として
珍重されていました。幹の直径が30cm程度にしかなら
ないため、小さな像しか作れませんが、材の特色を生か
して表面に彩色をせず、細かな彫りをするのが特色です。

中国でも唐時代にインド風の小さな檀像(だんぞう)が
流行しましたが、中国では白檀が自生しないため、
「栢木(はくぼく)」で代用する考えが出されました。
日本では、奈良時代から平安時代初期にかけて、
「栢木」をカヤとみなし、カヤによる代用檀像が流行
しました。カヤは針葉樹で、木目がつみ、木肌も少し
黄味がかった白色で美しく、良い香りがする木です。
檀像の緻密で鋭い彫りをご覧ください。

小さいながら緻密な彫りがされ頭の上にはまた
小さな顔が十一面も彫り巡らされて見事でした。
細かくて目の輪郭線なども特に美しく感じました。

第2章 一木彫の世紀   

ここでは国宝級の仏像が4体も展示してありまして、
大きな作品をみていると思わず拝みたくなるほど何か
神々しいオーラに包まれます。

「本当にこれは一本の木からできたのかしら?
 すごい!すごい!」

とただ、それしか言えない素晴らしい仏像の迫力
に圧倒されました。この日がちょうど最終日だった
ので、運良くこちらの仏像を観ることができたことは
大変満足でした。

     Kokuhohan
     国宝 菩薩半跏像(伝如意輪観音)
     奈良~平安時代・8~9世紀 像高88.2cm
     京都・宝菩提院願徳寺蔵

こちらの仏像には特別にライトがグルッと当てられて
いて、宙に浮かび上がってくるようで美しかったです。
衣もカーブが優雅で背中ではその衣がクロスしていて
デザインがモダンでおしゃれだと思いました。お顔も
柔和な笑みを浮かべて、観ている私達を包み込んで
くれるかのようでした。全体的に衣の線が太いことも
ありますが、ギリシャ彫刻のドレープを思わせるようで
彫りの技術の高さと気品ある美しさにうっとりでした。

木の材質も今よりもずっと木目が細かくて、しっかりと
していたのかもしれません。今は酸性雨やCO2など
空気も水も汚れいるので木自体も栄養がよい状態とは
言えないのかもしれませんね。。

これだけの仏像を一堂に集めるのも大変だったことと
思います。さすがの国立博物館!その他、円空、木喰
の朗らかな仏像まで1000年の時代に亘って一木彫名品
をたっぷりと堪能することができて幸せでした。

Ichi-Nさんが大学の時に習ったノートをmixiの方へ
書き出してくださいましたので、せっかくですのでご紹介
させて頂きます。

【仏像はその法力により分類すると4種類
              (如来/菩薩/明王/天部)になる】

【如来だけの特徴・・・縵網相(まんもうそう)】について
手足の指の間に水鳥の<水かき>のような膜ができている。
菩薩にはありません。
この縵網相の意味ですが、如来が人々を救う際、救った人々
が指の間からもれることを防ぐためのものと言われています。
もう一つは、此岸(現世)から彼岸へ泳いで渡って、はじめて
如来となることができることから、彼岸へ渡るために泳ぎきった
証として水かきがついているとされています。


人間の姿に出発しながら、超人間的・仏教的理想の境地を
象徴する表現の基礎として考えられた32相(普通の人と違う
肉体上の違い)のなかの一つです。

また「80種好」というのもあり、これは32相の上にさらに
様々な特徴を加えています。例えば、眉は新月のように細く
美しく、耳輪は長く垂れ、腹は細く…etc.手相についても詳細
に規定されているようです。

■KANさんは足の位置が違うことを鋭く観察されていました。

<左足重心>
今までちっとも意識してなかったのですが、左足重心で
右足休め、の立像が多いんですね。

右足がやや前に出ていたり、右ひざが緩んでいたり。
直立の立像はほぼ皆無です。
体の軸をややずらしたり上半身をややひねったりすることで、
衣の波打つ流れがよりダイナミックに(と市原悦子さんが
言ってました)。

<前のめり>
これはもしかして常識?
横から覗くと前のめりの立像が多いです。
風を前から受け、衣がやや後ろにたなびく感じ。
スキージャンプ選手の踏み切りの瞬間!(と言ったら大げさ?)

後期を観にいく時は、手足の指の間に水鳥の<水かき>や
両足の位置や体のひねり具合などお二人に教えて頂いた事
を注意して観賞して見たいと思いますヾ(´ー`)ノ

      Kaede05
      まだ青々としているカエデの葉(庭園)

それから、平成館から東洋館の向かって行く途中では
新しく改装された明治館と少し紅葉がかった木に向かって
数名の方達が写生をしていらっしゃいました。芸大生で
しょうか? どなたも同じような構図でしたが、素晴らしく
上手で私達3人で歓声を上げるほどでした!!      

それから、KANさんも合流されてランチをご一緒にしました。
4人なのでちょうど会話も弾みやすく、いろいろと教わること
が多くてこのように初めて合っても絵が好きな人たちって
本当にすぐに親しくなって、本音でスーと話せるから不思議
ですね~♪

     Ocahshitsu
       お茶室も当日は貸切の賑わいでした

それから、Yukoさんが合流されてご一緒に「庭園散策」を
5人で致しました。2日前にもKANさんの運転でYukoさん達
が箱根へ行かれたのですが、まだ紅葉していなかったそう
なので、こちらもまだ葉っぱが青々としていましたが、大きな
大木の間に点在する
お茶室を観て軽い森林浴気分を味わい
ました。この日はお茶室も貸し切り状態で風情がないロープ
が張ってあって近づけなかったのですが、昔ながらのお手前
のお茶室はミニチュア版ではなくて実物サイズであることを
皆さんと談笑しながら確認し合って楽しかったです↓

     Chaya
      六窓庵 ろくそうあん (17世紀中頃奈良)

Ichi-Nさんは中国茶をお習いになっているそうなので、
中国茶の奥深いお話や生徒さん達が中国語を習って
現地でお茶の試験を受けたりと大変熱心に勉強されて
いるお話など伺ってこちらも興味深く聞かせて頂きました。

     Ochashitus
       応挙館 おうきょかん (寛保2年(1742)

このあとに、「大エルミタージュ展」を女性の3人だけで
見に行きましたが、会場は大混雑!でも、前評判よりも
素敵な絵が多くて私達は満足したので、また後日でも
そのことは書けたらと思います。

KANさんは散策のあとも東博で夜遅くまでいらしたそうです。
それは、<光彩時空>ライトアップをご覧になったからですが、
お写真がとてもきれいに撮れていらしたので、例によって
ちょっと拝借させて頂きました(*- -)(*_ _)ペコリ やっぱり三脚を
使われたそうですが、ミニサイズということで、これがあると
違いますね!それにしても素晴らしいライトアップのお写真、
来年はぜひこちらもツアーで企画しなくっちゃ! と思いますが、

きっと来年当たりはかなりの人出になりそうですね~☆翌日は
東博の
HPになかなか繋がらなかったくらいですから。。

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       7511803430qz5 
           

   9911803153qz9

       KANさん、きれいなライトアップのお写真を
    有難う御座いました<m(__)m>

    そのほか、ご参加下さったIchi-Nさん、Merionさん、
        Yukoさんも有難う御座いました。ちょっとハードな
        上野の鑑賞会でしたが楽しかったですね~☆

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2006/10/07

■『クリーブランド美術館展』2回目 - (嵐の中の)鑑賞会No.23

sabato, il setto Ottobre 2006,
sono le nove di sera.

     Moon
               満月 

10月6日(金)は「中秋の名月」ということで、Visiting Tour
では、六本木ヒルズの52F展望台から中秋の観月会
として今夜のようにきれいな満月を観ることを楽しみに
していましたが、結果はすごい台風のような暴風雨!!

クリーブランド美術館展』を鑑賞しようと午後7時半に
集合の予定でしたが、少し前に鑑賞されていた方から
連絡が
入って、午後8時までで閉館するという緊急の
知らせに、頭が一瞬、”真っ白”(>。☆) またもや嵐を
呼んでしまった鑑賞会~・゚゚・(×_×)・゚゚・。 (前回は中止)

早速、他の皆さんを早めに先に鑑賞していただいて、
あとで追いかけてみると、なんと~もう私たち11人だけ

の貸し切り状態の会場でした!不幸中の幸いってこう
いうことを言うのか、たったの30分だけでしたが、お一人
ずつ、しっかりとそれぞれお好きな絵の前に立ってじっくり
と見ることができましたヾ(´ー`)ノ

私は2回目(一回目: I, II )のこともあり好きな絵だけ
中心に観ていこうと思ったのですが、この日は鑑賞者が
少ないこともあって油絵の油の匂いがよく漂ってきたり、
どういうわけか、筆のタッチがよく見えてきて、それぞれ
の色の中に漂うことができました。今回、観て気に入った
作品もご紹介がてら書いて見ようと思います。

       Yokinton
             『バ=ムードンのセーヌ河畔』
       ヨハン・バルトルト・ヨンキント
            1865年

 モネの師匠で、モネからも真の巨匠と呼ばれたヨンキント
 ですが、今回、初めてヨンキントの作品に触れて、とても
 明るくてヨーロッパ的な空を美しく描く画家なのがわかり
  ました。モネ一家がパリからノルマンディーに移ったことで
 ブータンとヨンキントと合う事ができたことは、モネにとって
  も印象派に結びつく大きな大一歩をこの先輩達より外で
  描くことによって学ぶことができたので、素晴らしい出合い
  となりました。

 ヨーロッパの雲が流れるような空に、川面に写るその空の
  活き活きした色使い、牧歌的な農道など優しさがこの絵
  には満ち溢れています。絵の半分以上が空なのは、やはり
 オランダ風景画の伝統を引き継いでいますね!鬱病だった
  せいで、後半はあまり幸せな人生ではなかったようですが、
 モネが印象派の巨匠モネになる大事な師匠の絵をじっくりと
  観れて感激でした~☆

        Redin  
              『花瓶の花』
             オディロン・ルドン   
               1905年 

 
  最初、観た時はバックの色がちょっと重く感じて
   今年の始めに見た『ポーラ美術館展』のお花の方が
   軽やかで印象が強かったのですが、二度目に観たら
   ルドンの描きたい世界が少し理解できました。

  ルドンは小さい頃、母親に棄てられてしまったのも
   あって、人と上手く付き合うこともできずに、内向的に

   中へ閉じこもります。そして、植物や生物に興味を
   持ちますが、象徴主義のユイスマンス、マラルメなどの
   文学者達と交流を持ち、次第に詩的で幻想的な世界を
   表現していくようになります。夢の中で観るようなお花を
   描いてそれぞれが何か不思議な言葉を発しているよう
   ですね。。花びらの一枚一枚もよく観ると細かい描写が
   されていて、植物に対する知識や愛情を持って描いて
   いることを感じ取れます。

   

    Viyorl_3
           『カフェ・ウェブラー』
         エドゥアール・ヴュイヤール
            1908年ー10年頃

 こちらも最初はそれほど、パッと目に付きませんでしたが
  2度目は、絵から人々の声がさざめき聞こえてくるような
  印象を受けて、しばしその舞台の中に入っていきました。
  奥の間が明るく浮き立つようで、中間にいる人たちは黒く
  一つの塊のように描いて、手前には椅子やテーブルが。。
  それが、映画のようにソフト・フォーカスをかけたような
  明るいハイライトだけが目だっているのですが、それでも
  人間の存在と声が聞こえてくるという幻想的でパリの
  街角のカフェを切り取ったように浮かんで見えて素敵な
  絵になっています~☆

追記: すたさんが素敵な感想を書かれていたので、
直接、こちらでもご紹介させていただきます。

++++++すたさんのレビュー++++++++++

珍しく、一つの美術展に2回、足を運んだ。
マイミクJuliaさんが主催された鑑賞ツアーに
同行させて頂いたのである。

ちなみに、最初のレビューは以下にある。 (要mixi ID)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=219760282&owner_id=262640#comment

今回の鑑賞目的は、モネの「春の花」を時間を
かけてゆっくりと見ること。

           Mone01_1

何度見ても美しい。
光に彩られた生命観である。床面に配された白いバラ
の輝くような光。透き通るような透明感さえ感じる。
あじさいの花びら一枚一枚の瑞々しさ。花ばかりでない。
葉の力も感じずにおれない。花は葉に支えられて美しさ
を散らす。葉の色の暗さが花をより美しく引き立てる。
奥の影になった部分。自然の美しさは表面だけでなく、
その層によってなりたっているのだ。果てることが無い
美しさ。奥にある花は「次は私の出番」とでも言いた
そうに、奥で控えているように見える。


この作品は本当にすばらしい。モネは天才だ。


また、同じく、前回非常に印象的だった、モネの
「赤いスカーフ、モネ夫人の肖像」もじっくりと見た。


     Mone02_1


奥さんのカミーユの表情がまたなんとも言えない。
とても楽しげな、でもなにか寂しげで、悲しげな。。
カミーユは別れを告げているが、モネはまだカーテン
を閉められない。。。そんな情景が目に浮かぶ。
外の雪の白さと室内の暗さ。カミーユは光の中を歩み、
自分は光の中に入れない。何とも言えない作品である。

こうやって、好きな作品だけをじっくりと見つめることが
できる機会はそうあるものではない。これは非常に
よい経験だった。

このような機会を提供してくださったJuliaさんに感謝したい。
また、同行させて頂いた方々との交流も非常に楽しかった。
また参加させて頂ければと思う。

  ++++++++++++++++

すたさん、もちろんですとも!!また平日の夜もできるだけ
鑑賞会の企画をしていきたいと思いますので、ぜひとも
いらしてくださいね~☆

ご参加者のレポートです。
☆とらさんのHPに、本展の画像を沢山ご紹介されています。
☆すたさんが
HPで以前行かれたときのレポートを書かれています。
     モネの「春の花」について特に印象をもたれた様で、今回も
     「春の花」の絵を、ご一緒に観れて嬉しかったです~♪
☆今回、初参加の一村雨さんも一度、ご覧になっていらしたので、
   その時の
感想を書かれています。

            *****

30分しか観れなかったのですが、意外と皆さんも十分にご覧に
なれたようで、ホッといたしました。嵐の中をご参加くださった
根性ある素敵な方々は、今回、初参加の一村雨さん、りつさんに、
お馴染みのKANさん、花子さん、Yukoさん、すたさん、マルちゃん
に、飛び入りでご参加下さったとらさんとみゆきさんです。本当に
帰りも心配でしたが、皆さん、帰宅も大変だったことと思います。
どうも”嵐を呼ぶ女”なんて呼ばれてしまうくらい、鑑賞会の日は
嵐のような日が続いてしまって申し訳ありませんでした<m(__)m>
今夜のようなま~るいお月様が観れるとよかったのですが・・!


上記の後、ヒルズ内のイタリアンのお店、
毛利 Salvatore Cuomo」 へ参りまして
窓から少しだけ東京タワーが見えるカウンター席で
皆さんとワィワィお食事をしました。ピザが種から手作りで
トッピングも和風ティストありで、ヒルズにしてはわりとお手頃
価格ですので、お勧めです~ヾ(´ー`)ノ

  Kichen

                

 
嵐のヒルズ・ツアー、お疲れ様でした~☆

     
               *******

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2006/09/28

「ベルギー王立美術館展」@西美 - 鑑賞会 No.22 (I)

giovedi, il ventotto Settembre 2006,
sono le nove meno setto.

        Ikalos
         ピーテル・ブリューゲル(父)(?)
            『イカロスの墜落』(部分)

日曜日に、この秋、最高の美術展との評判高い

        「ベルギー王立美術館展」

   Kanban_2

を「オランダ・バロック美術館」のToshi館長さんと素敵な
奥様とご一緒に鑑賞して参りました。Toshi館長からとても
丁寧な解説をお聞きすることができましたので、フランドル
絵画についてより理解が深まったように思います。そのあと、
もう一度、一人で観ていますとVisiting Tourのメンバーの
KANさんとお会いすることができましたので、常設も早足で
ご一緒に観ることができました。

    Lecan
    「ブラッスリー レカン」アールヌーボ様式

この日は、台風がそれたことでとても爽やかな秋日和となり
先に、上野駅の『
ブラッスリー レカン』でランチを3人で優雅
に頂きました。週末でもランチセットがあるのでリーゾナブル
です。そのレカンの上にでて階段を上るとJR上野駅へと
繋がる新しい広い歩道ができていて、美術館へも近道
できるので教えて頂いて、とても良かったです。Toshi 館長さん、
何から何までその日は、ご教授下さいまして有難う御座いました

この展覧会、やはり素晴らしかったです!!ベルギー美術館
からこれだけの名画を一挙に日本へ100枚以上(素描を含む)
貸し出すことはなかったそうですし、特に、板絵はいままで
門外不出だったとのことです。あまりにも沢山のよい絵画が
あったので、いくつかに分けてToshi館長のご説明(
ピンク
を交えて、私の拙い感想を書かせて頂きます。Toshi館長さん
も私も主観的なことを述べておりますので、ご意見が違う

ところもあるかもしれませんがご了承下さいませ。

■古典油彩

  
  Photo01
          「イカロスの墜落」
        ピーテル・ブリューゲル〔父〕(?)
  16世紀後半 油彩/カンヴァス 73.5×112.0cm

こちらのブリューゲルの作品を見れたことは、真鷹問題は
ありますが、海と空の色が特に美しく描かれ、手前の陸地
から空にぐ~と広がる空間が物語性を秘めていて、不思議な
宇宙的な絵のように感じて良かったです!イカロスの足だけ
が海から出ているということで、それが問題の点らしいですが、
そこをアップしたポストカードがありましたので、どうぞ上記の
図版をご覧くださいませ。

遠近法は、奥は青色、真ん中は緑色、そして、手前は茶色で
描く。下地が白だと奥の青がだんだん白くなってくる。板絵
というよりキャンバスを2枚合わせて描いている。


西美でこの度、購入したというピーテル・ブリューゲル(父)
が描き、長男で同名のブリューゲル(子)が模写したという
「鳥罠(わな)のある冬景色」が展示してありました。
個人的にこの絵は大変好きです!

最近は、冬景色の絵が人気があるので、絵画市場でも
高騰している。このような雪景色でも、氷の上にいる
人達は、いつ氷が割れて落ちるかも知れないと言う
リスクを負っているなど、人生についても暗示している。
しかし、あまりこのように他館の展覧会の中に、西美で
所有している作品を展示するのは少しお行儀がよくない

その奥の部屋、右手の壁には、大きなルーベンスの
『聖ベネディクトゥスの奇跡』の大作があり、その横には
ドラクロワが模写した同作が並んで展示してありました。
私はルーベンスの方が荘厳な感じがして良かったので
すが、他から引用してみますと。。

 モンテ・カッシーノに修道院を設立した聖ベネディクトゥス
に関するエピソードを描いた作品。作品自体は未完成
ですが、後年ウジェーヌ・ドラクロワによって模写されました。
本展ではドラクロワ版も展示されます。2大巨匠の作品を
見比べるチャンスです。 (レッツエンジョイ東京)
 

左手の壁側には、ルーベンスの肖像画が3点
ありまして6番の『ネーデルランド総督アルプレヒト大公』
については。。

絵のコンディションは良くないが、一緒に描いた
コルネリス・ド・フォスは肖像画に秀でていた。
London(多分、ナショナル・ギャラリー?)に
あるティッチアーノが描いた肖像画で窓から腕を
出すポーズを模倣したかもしれない。ルーベンスは
顔を赤っぽく描いて、顔の陰をグレーにする。

奥には、ヨルダーンスの風俗画が2枚ありました。
奥様も私もあまり好みではない、との意見が一致
しました。

赤ら顔に描いて、肌の陰をグレーにするので
固い感じがする。中央にいる母親と子供の顔
が西美の常設にある『聖家族』の聖母子に似ている。
王侯貴族の生活を庶民の生活の中で、ユーモアを
交えてプレゼンテーションする。



常設にある聖母子の顔に確かに似ていました。
そういえば、もう一点ヨルダーンスのゴテゴテした
絵もこの横に展示してありましたが、あまり好感が
もてなく観ておりました。ルーベンスのようにイタリア
へ留学をすることもなかったので、もう一つ絵の
描写があか抜けないそうです。

右手奥には、ヴァン・ダイクの肖像画が3点
展示してありまして、特に3番目のこちらが
神父さんも男前なのですが、とても繊細で
品があって美しい肖像画でした。

     Yordens01
「イエズス会神父ジャン=シャルル・デッラ・ファイユ」
     アンソニー・ヴァン・ダイク

ヴァン・ダイクはルーベンスのような歴史画家に
なりたかったが、肖像画家としてみんなから
認められていた。手の構図が決まっている。
指が物語っていて表情がある。目の回りの
下地が薄いので、薄く絵の具で描く。
   

今日はここまでにしたいと思いますが、この章だけ
でも大変見応えがあって、これは破格級の展覧会
なのを肌で感じられます。私達はどちらかというと
フランドル絵画は静物画か風景画はよく見ますが、
このように、品格のある肖像画や歴史画はあまり数は
観ていないので、ここにあるフロアーだけでも何度も
見に行きたくなる作品ばかりでした。

この続きもお楽しみに~。

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2006/09/13

『クリーブランド美術館展』 @森アーツ(II)-鑑賞会 No.21

先週の土曜日に見に参りました
 
 『
クリーブランド美術館展
     女性美の肖像 モネ、ルノワール、
                            モディリアーニ、ピカソ 』

(拙ブログIの続きを書いて見たいと思います。図版は
図録から解説も図録から引用させて頂いて自分なりの
感想を付け加えます。

本展は、女性の肖像画が多く占められていますが、第1章
から第5章まで19世紀末の印象派の成立から20世紀初頭
までの西洋近代美術の流れを概観できる構成となっています。

前回の続きから書こうと思ったのですが、第一章からまた
主要な作品などもご紹介がてら書いてみることにします。

第一章 モネ、ルノワール、ドガ: 印象派の時代

図録でも表紙になりましたこちらのルノワール
の女性画は大変美しいですね。

     Renoir 
       《ロメーヌ・ラコー》
  ピエール=オーギュウスト・ルノワール
          1864年

まだ、ルノワールが23歳の時、仲間の画学生だった
モネ、バジール、シスレーとともにフォンテーヌ・ブロー
の森で自然を前にして絵画制作を始めていた頃に
ラコー家からの注文で娘さんの肖像画を描いたそうです。
少女も聡明そうなきれいなお嬢さんですが、少女の目が
特に美しくて生きているかのようでした。全体的に淡い
色調が落ち着いている中で、利発そうな少女の強い視線
にややルノワールが押されているような気配さえ感じら

れる初々しい作品で素敵です~♪

第3章 ロダン: 近代彫刻のさきがけ

    Rodin_1 
      オーギュスト・ロダン
        《考える人》
        1880年頃

今年はロダンの彫刻と何度も出合う機会があって
”ロダン年”かしら?と思うほどです。西美で今年の春
『ロダンとカリエール展』(
拙感想文)で沢山の彫刻を
観たときは、男女の絡まったようなどちらかというと
愛情たっぷりな作品が多かったのですが、今回は、
青銅時代のりっぱな青年像といい、この《考える人》と
その他、愛情作品も一点含めて、計六点を男性的で
内面的な感情や思索的な表情を表す彫刻などが展示
してありました。

この《考える人》は部屋の中央に設置してあり、彫刻の
大きさがとてもよく見やすくて、このサイズが一番
《考える人》のポーズと体全体を見渡せるので、人間の
肉体美を存分に眺め回すことができます。《地獄の門》
の最上部に設置する予定だったこの考える像は、下の
部分のカオスを熟考しているそうです。

その他、《カレーの市民の一人、ピエール・ド・ヴィエッサン
の英雄的な頭部像》の頭部が巨大で驚くほどでしたが
悲しい苦悩の表情が観る者に伝わってくるような荒削りで
いて、人間の魂の叫びが奥底から聞こえてくるようでした。

第4章 ピカソ、ブラック、マグリット: 20世紀の前衛

     Picaso_1
    ケープを纏った《ジャンヌトン》
        パブロ・ピカソ
          1901年

1900年パリ万博のスペイン館で作品が選ばれたため、
ピカソは初めてパリに出ました。パリの雰囲気に触発
されたピカソは数ヶ月間、パリに滞在して、キャバレーや
娼婦館などを歩き回ったそうです。その頃、バルセロナや
マドリードで一緒に暮らしていたらしい女性像とのことです。
ベラスケスやゴヤ、スーラやシニャックなどの影響も見られ
豪快な筆づかいと絵の具を厚く塗って色彩で形態をつくり
だしているとのことです。ピカソが初めてみたパリの洒落た
雰囲気とスペインの肖像画のような伝統的な面も感じさせ、
ピカソの高揚とした気分が伝わってくるかのような明るい
作品でした。

     Modi
    
    《女の肖像》
     アメデオ・モディリアーニ
       1917-1918年頃

先日のBunkamuraで観たモディリアーニの《母と子》
拙記事)の素晴らしい作品の余韻がまだ残っているので
今回もこの美しい女性像の前でも、しばしうっとりと惹き込
まれておりました。図版だとなかなか実物の艶がかった
渋めの色や珍しく目の玉が描かれていて、その瞳もとても
透き通っていてきれいなのですが、ちょっと分かりにくいと
思いますが、こちらも本当に素晴らしい女性像でした。

娘に「この人は本当は彫刻家だったから、なんとなく
顔が立体的に浮き上がってみえるでしょう?」と
ちょっとは知っていることをいうと、
「へぇ~彫刻家だったの!!ホントー浮き上がってきたー!」
と少しは分かった様です~(^_^;

モディリアーニの隠れていたような絵画がこの一月の間に
2回も観ることができて、私も益々、モディリアーニ・ファンに
なりましたが、日本中の多くの人たちが今秋の展覧会で
もっとモジ・ファンになることは間違いナシ!でしょうね~☆

第5章 ミュンター、モンドリアン、ムーア: 北ヨーロッパの光

こちらは近代絵画が多かったですが、彫刻は面白い作品が
多かったですが、それほど印象に残る作品は少なかったように
思います。

「クリーブランド交響楽団は、米国でも水準が高い演奏をする。」
とT氏が教えてくださいました。このように素敵な絵を所蔵して
いるクリーブランド美術館を含めて、米国の都市の文化的な
高さを知ることができて良かったです~♪

11月26日(日)まで会期中は無休とのことです。そして、
チケットの代金ではいろいろな特典がありますので、
どうぞ
HPでご確認してぜひ、ご覧になってくださいませ。

           
 * * * *

そして、この美術展と合わせてお隣の『グランドハイアット東京』 
では、レストランなどでチケットを見せると10%割引になるという
お得情報をチラシで見ておりましたので、迷路のような六ヒル内
をグルグルと3人で目指すイタリアン・カフェ『
フィオレンティーナ
までお上りさん状態で歩いていきました。

       Black6white_1
         
混んでいたのでお店の外の椅子で座って待っていると、目の前
には顔の形があるのとないモノクロームのオブジェが設置して
あり面白かったです~☆

         Mango_2
          マンゴー・アイスクリーム

マンゴー・アイスクリームは生のマンゴーもくりぬいて
入っていたり、レモンをかけていただくと独特の臭みも
消えて最高に美味しかったです~ヾ(´ー`)ノ ムース・
マンゴーアイスのようで、これは大推薦です!!

       Matsuri_1 

お客さんは、芸能人まがいの美しい人たちもいたりで
六本木は本当にちょっと異次元の世界と眺め回して
いると、壁側では、スルスルとカーテンが上がるので
何事かと思ったら、町内会のお祭りで神輿を担いだ
外人さんも混じって賑やかでした。

初日でしたので、しっかりと2巡回もできてたっぷりと
素敵な名画に酔いしれて、最後はカフェで美味しい
スイーツをいただけました。KANさんはこの後も他の
鑑賞会があったのに、こちらまでご一緒して下さって
忙しい一日でしたが、本当にありがとう御座いました。
とてもいい初秋の半日をご一緒できましたね~ヾ(´ー`)ノ

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2006/09/10

『クリーブランド美術館展』 @森アーツ(I)-鑑賞会 No.21

domenica, il diechi settembre 2006,
sono le cinque e cinque.

          Catalog_2
        - 図録-(ルノワール 《ロメーヌ・ラコー》
                                                      美しい表紙)

モネの絵が3点も来るというので、大変楽しみにしていた

      クリーブランド美術館展

を森アーツセンターギャラリー(森タワー52F)まで、Visting Tour
からはKANさんがご一緒してくださいました。そして、いつもの

南翔饅頭店(ナンショウマントウテン)でランチをするというと
食いしん坊の娘がお休みなので着いてきました。

        Mochi        Brocory_1
       *もち米入り焼売*       *ブロッコリーの葉*

初日だったこともありましたが、館内は大変空いていて
いましたので、私たち3人でそれぞれの絵の前でじっくりと
立ち止まって大変贅沢な時間を過ごせました。今回は、
日本初公開の50点を含む、60点のみの展示でしたので、
会場はゆったりと各章毎に別れて絵の間隔も広く取ってあり、
フィリップス・コレクション展の時と同じような構成がされていて、
大変見やすく分かりやすい丁寧な展示となっていました。

どちらかというとアメリカ人好みの色彩が多かったようにも
見受けられましたが、印象派好きの人たちにはたまらない
ような優れた作品をみることができて幸せでした~☆
図録も今回は色もよく解説も詳しく書かれていたので、
購入することにしました。また、図版を図録から拝借して
自分の感想を交えながら、図録からも解説を引用させて
頂きます。

【1】 モネ、ルノワール、ドガ: 印象派の時代

    Mone01
             《春の花》
    Claude Monet  1864年


   このように地が黒というモネの絵は初めて
   観ました。まだ、印象派の様式に移る少し前
      の24歳頃の作品とのことです。様々なお花が
      それぞれに色彩豊かに、モネが戦地から帰って
      きて自然の美しさに再発見している感動が伝わ
      ってくる素晴らしい作品でした。観れば見るほど、
      モネの筆使いや絵の上手さに惚れ惚れとして
    きます~☆  KANさんと一緒にしばし見とれて

       おりました。
            

         Mone02_1
      《赤いスカーフ、モネ夫人の肖像》
        Claude Monet

      この作品を観ることをすごく楽しみにしていたので
   モネの最初の奥様、カミーユの表情をしっかりと
      確かめてきました。やはりこの作品が完成してから
      しばらくしてカミーユは亡くなったとのことですが、
      消え入りそうな彼女の哀しげな顔が雪の中で
      切なそうでした。余程この時の印象が強烈だったのか
      モネは生涯、この絵を手放さなかったとのことです。
      一見、華やかさがない色調ですが、ずーと観ていると
      窓枠のグレーと床の茶、雪景色のなんともいえない
      白の淡い表情とスカーフの赤の色がそれぞれ浮き
      立つかのように心の中に柔らかくその色々に包み
      込まれるようでした。 

         Mone03_1
      《アンティーブの庭師の家》
       Claude Monet  1888年

    
       3番目に展示してあった目の覚めるように明るい
       モネの絵です。晴天の日にモネが大変、気持ち
       良さそうに筆を動かしているのを感じられる安定
       した美しい風景画でした。空や雲を描く短いタッチ
       に勢いを感じるほどの印象派の様式を確立して
       自信がみなぎっていたようですね~♪

    モネの質の高い絵を3点も見れて、ものすごく
      幸せでした~☆ 

             

       Mane_3
          《ベルト・モリゾ》
         エドゥアール・マネ
           1869年頃

   娘がしばしジートこの絵の前で留まっていました。
       「すごくきれいな人!」と言って惹かれたようです。
       色調は暗めなのに、モリゾの華やかさが目立つ
       都会的な作品ですね~☆ コートの下の部分が
    マネにしては激しく荒削りだったのは彼女に対
       するただならぬ感情の表れでは?と思ったり。。

   Pisaro
         《ポントワーズの關門》
          カミーユ・ピサロ
            1872年

   
      ピサロがこのように水辺と空を明るく美しく描いて
      いる作品を始めてみました。とても穏やかな素敵
      な絵です! いつ観てもピサロの絵は心を落ちつ
      かせる鎮静作用があるような安定感を感じます。

【2】 セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン: 後期印象派    
   
   Cezane_3
           《小川》
         ポール・セザンヌ
          1895-1900年頃

   この部屋は、ゴーギャンが一枚とゴッホが2枚と
    このセザンヌ の絵が一枚の計4枚のみ展示されて
     絵の間隔もゆったり取られている贅沢な空間です。


   セザンヌは晩年近くには風景画を描いているそうで
     すが、上記のピサロと一緒に屋外にでていた頃を
     思わせる描写だそうです。あのモネからも尊敬を
     されていたセザンヌですが、孤高に閉じこもって
     静物画を描いていたのが晩年にこのような風景画
     を描いていたとは知りませんでした。しかし、タッチは
     印象派から離れて物の構造ごとに描いていますね。
     セザンヌにしては穏やかな風景画に惹かれました。

       Bonnard
            《デザート》
         ピエール・ボナール
            1920年頃

   KANさんは、ボナールがお好きのようで、
      「珍しくボナールの絵葉書があったから~!」と
      嬉しそうに言われて購入されていました。ボナール
      の最愛の妻、マルトが亡くなってからも40年以上
      立っても若く描いていたそうです。そして、中央に
      いる男性は、友人のルドンの息子さんでやはり、
      4年前に亡くなっているそうです。不思議な絵ですが
      ボナールの心の中に二人のことが永遠に残っている
      のでしょうね。

ブログ容量(記事内)がこれで一杯近くなってきたので、
この辺で第一部は終了いたします。また、近いうちに
ロダンやその他、モディリアーニと、この後に3人でお茶
をした「グランドハイアット東京」の模様をお届けします~♪

続きは、こちらから宜しかったら、どうぞ→II

        

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2006/09/03

■『ピカソとモディリアーニの時代』 @Bunkamura - 鑑賞会No.20

domenica, il tre Settembre 2006,
sono le dieci e trentasei.

        Mogi_2

昨日が初日の渋谷、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の

 『リール近代美術館所蔵 ピカソとモディリアーニの時代』

を芸術散歩の
とらさんとご一緒に観て参りました。19世紀末から
20世紀初頭の近代絵画が中心でしたので、正直な所、あまり
期待はしていなかったのですが、モディリアーニの油絵が6点と
素描が6点の計12枚を「モディリアーニの部屋」となって展示して
おりましたので、中央の椅子に座って、チラシの図版の《母と子》
を前に贅沢な時間を過ごせたことが一番良かったです~☆

ピカソとブラックのキュビズムの絵画が数点、会場に入った所
に展示してありますが、少々、この断面画が苦手です。二人の
色彩が驚くほど似ていたので、かなり影響し合っていたのでしょう。
とらさんも、『このように描いて、本人達は幸せだったかなぁ~?』
と仰っていましたが、本当に無理に物を崩しているように思えて
なりません。。モディリアーニはこの頃、このようなキュビズムの
影響が多大に出ていたモンパルナスでピカソたちと同時期に絵を
描いていたわけですが、あまり影響されなかったようですね。。
今回は、そのモディリアーニについて絞って書いて見たいと思います。

モディリアーニは皆様もご存知のように映画になっても大ヒット
するくらいドラマティックな短い人生を送っています。今回、
モディリアーニを見るに当たって、下記の本を読んで予習して
行きました。

  Takanasi
 西欧絵画の近代―ロマン主義から世紀末まで
  高階 秀爾

 内容(「MARC」データベースより)
ロマン主義、象徴派、印象派等、様々な主張を持って
生まれた近代芸術の方法。芸術家達は、どのように時代
を生き、思潮や手法を生みだしたのか。近代の本質を
探り新しい視座から作家と作品を論ずる躍動の美術史。

高橋氏はモディリアーニをご研究されていたのか、48ページ
ほどの長文で図版を交えて解説されていました。こちらで、
今まで知らなかったモディリアーニの絵画が確立するまでの
流れがとてもよく理解できるように書かれていたので、今回
モディリアーニの絵を実際に観て、彼の絵がいつもより理解
できたように感じました。

こちらのご本などからも少し引用させていただいて、自分
なりにモディリアーニついて、述べさせていただきます。

 『赤毛の少年』 1919年    Mother_1                

モディリアーニが彫刻家を最初
目指して、パリへ22歳の時に
来たことも有名ですが、その当時は
とらさんが教えてくださいましたが、
とても真面目な青年だったそうです。

体も小さい頃から弱くて、15歳の時に
学校の方は放棄してしまい、好きな
美術に集中するようになって、静養も
かねてナポリに治療にでたり、ローマ
やフィレンチェやヴェネチアなどの教会、
美術館などを見て回ったりしています。
そして、フィレンチェやヴェネチアの
美術学校で伝統的な絵画技法をパリに
でるまで4年間ほどきちんと学んでいたようです。

1907年頃、上記のとおり対象を解体するようなキュビズム、印象派、
フォーヴィズム、未来派、抽象主義といった様々な様式や造形上の
変化が展開された時代でしたが、モディリアーニはどちらかというと
異邦人画家という枠『エコールド・パリ』の一員と見なされはしましたが、
彼は、「ピカソの一党」にも加わらずに、どちらかというと彼独自の
「人間表現」を追及していったようです。

絵画に3年間ほど集中したあとは、1913年頃までモンパルナスに
移り住んで、人間の頭部を中心とした石彫を制作していたそうです。
石彫は、最初に頭にイメージしてからでないと、形を彫ることができ
ないので、この頃に、多くの石彫のためのデッサンをして、鋭い鉛筆
の線で物の造形を描く訓練をしていたようです。その彫像というのも
偶像に近い人間を通り越した神を創造したかったとのことです。

青年の時に鑑賞したイタリア各地のルネッサンスの人間中心主義を
絵画の上であくまでも貫きとおすように、1914年からまた絵画に戻っ
たときから、風景画はほとんどなく人間の主に上半身を描いて、
その人物の内面性も鋭く表しているとのことです。そして、上記の
彫像のためのデッサン方法が生かされて、絵画でもデッサンするとき
にも細い鉛筆の線でスーと一本の線で正確に造形的に描いてしまい
ます。モディリアーニの絵を真鷹で判断するときもこのデッサンの線で
見極められるそうです。題名は分からないのですが、女性の横顔が
端正に美しい鉛筆の線で描かれていて、とらさんと見惚れてしまう
程でした。

     Mother_child_2
         『母と子』   1919年

晩年に近く描いた『母と子』は素晴らしい作品で
母親のジャンヌの表情はあまり幸せそうでは
ありませんが、しっかりと腕に抱いた娘のジャンヌ
とともにとても真摯な気持ちでまるで聖母子像のように
美しく仕上げています。

小さい頃から体が弱くてパリへ来ても不安からか
お酒や薬などに手を出して、自らの死を早めて
しまったモディリアーニですが、このように最後は
生涯の伴侶を得て安らぎを手にする一歩手前で
したのに、さぞや無念だったことでしょう。

自分の肉体は滅びていくのに、それでも人間を描くことを
止めなかった芸術家としてのモディリアーニをしっかりと
感じさせてくれる素晴らしい絵を観れて心からよかった、
と思えました。

☆とらさんが早速、全体を含めて感想を書かれています。
そういえば、1Fのギャラリーで「
万華鏡展」も煌びやかな
アートの世界を覗けて楽しかったです~☆

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2006/08/26

『モダン・パラダイス展 大原美術館+国立近代美術館』@近美 - 鑑賞会No.19

domenica, il venti setto Agosto 2006
sono le quatro

   Go_351_01
              クロード・モネ 《睡蓮》
           1906年頃 大原美術館蔵

8月中は美術鑑賞会をお休みするつもりでしたが、9月からの
美術展をリスト・アップしていたら、あまりによい展覧会ばかり
でしたので、早速今週から再開することにしました。

金曜日の夜、午後8時まで開館しているというので、mixiコミュの
Kojiさんがご都合がよいとのことでしたので、ご一緒に竹橋に
あります国立近大美術館で、15日から開催中の

   『モダン・パラダイス展
    大原美術館+東京国立近代美術館 ―東西名画の饗宴

を観て参りました。
モダン・パラダイスって何がパラダイスなんだろう~?って
疑問でしたが、それは最後になってやっと分かりました。
大原美術館所蔵の作品を一堂に観ることは初めてでしたので
それこそ自分自身が最後にパラダイスにいるような気分になって
いました~☆

大原美術館および東京国立近代美術館の所蔵作品が約100点も
選び抜かれて、素晴らしい構成で大変いい内容でした。金曜日は
みなさんビール宴会なのか、午後8時まで開館しているのをご存知
ないのか、館内は本当にまだ信じられない位ガラガラでした。
これから、どんどんと混んでいくことでしょうからお早めに行かれると
良いかもしれませんね。。

今回は、次の5章から成り立っていまして、それぞれ東洋と西洋から
並べて「対決」というか比較のような展示はしていましたが、あまり
それにこだわらずに作品を一点ずつ楽しんで参りました。各章で
印象に残った作品の感想を少し書いて見たいと思います。リンク先は
大原美術館のWeb展示室にリンクさせていただいたり、近美のHPの
説明など引用させていただきました。

I. 光あれ

  Hishida_1
  モネ 《睡蓮》        菱田春草 《四季山水》(部分)
  1906年 大原    
1909年頃 近美

大気・水・光の存在を印象派前後にはじまる西洋の
風景表現の流れと日本近代の風景表現を対比しながら、
両者の共通点・相違点をみていきます。写真作品も
織り込みながら、この百年間の光へのさまざまな
こだわりを追います。

 この2枚が会場を入ったところにすぐに展示してありました。
  モネの《睡蓮》がいつになく上品に見えて、じっと観ていると
  いろいろな色彩が浮かんでくるのを楽しんで観ました。

  そして、菱田春草の四季折々の情景が細かく丁寧にまた
  美しい色合いで描かれているので、この2枚だけみるだけ
  でもこの展覧会へ来る価値があると思うほどでした。

    Alpine
    アルプスの真昼
    ジョヴァンニ・セガンティーニ  
     大原美術館


  セガンティーニの絵は始めて実物を観ました。
   息が止まりそうになる位ハッとした明るい絵ですね!
  牧歌的な中にも高地に位置しているのが感じられるほど 
   空気も爽やかでいて、張り詰めているような緊張感も
   あって不思議に思いました。

 
       Apple_pisaro_1
    《りんご採り》 カミーユ・ピサロ
    大原美術館


 ピサロの《りんご採り》  は実物を観るのを以前より楽しみに
  していました。構図は対角線上に女性が3人いて、手前の
  お嬢さんがりんごをかじっているのがなかなか暖かみのある
  絵になっています。もう少し図版より色調が暗かったのですが
  日の差し方など大胆な対比が豪快な絵画に思えました。
  このようなピサロの農村風景は見ていると心が安らぎます。

   Begonia_1
       ベゴニアの畠
         児島虎次郎 1910年


  Kojiさんも私も最初にこの絵を観た時に歓声を上げた位
   とても明るくてきれいな絵でした~♪ 奥へ行くほど明るい
   色彩が冴え渡り、手前に木靴が置いてあったりととても
   日常的で親しみの持てる絵ですね~☆ 最初は日本人
   が描いているのではない、と思いましたが、児島氏は
   フランスやベルギーに5年間も留学されていたそうですね。
   
年譜を読んでみて、その後は欧州の絵を買い付ける
   収集家の役目を果たして、冒頭のモネの《睡蓮》の絵も
   児島が直接モネから買い付けに行ったとのこと。。
   初めて知りました。

   そのほか、写真も随分と展示されているのですが、
   前回、杉本博司の展覧会でみたときは多くの方達が
   感動されていましたが、今回の2枚の海の絵はすごく
   吸い込まれそうになる位の強さを感じました。  

   最初の章だけでも、大原美術館所蔵の作品がどれだけ
   素晴らしいか分かるほどテーマと合い間ってよく展示も
   されていると感心しました。

II. まさぐる手・もだえる空間

20世紀、作品を描くという行為(アクション)自体が注目を
集めるようになり、キャンバスを切り裂く、絵具をたらす、
こすりつけるなど、アーティストの手の身振りをことさらに
強調した作品が現れます。これらの絵画のうちからは
眼のみならず触覚に直接訴えるような、なまめかしさを
持った独特の空間が立ち上がります

Hititar_3
《抽象絵画(赤)》 ゲルハルト・リヒター
1994年 東京国立近代美術館蔵
© Gerhard Richter 2006

この章では、大作にあわせるように展示室のスペースが
広くとってあって、こちらの作品も大変大きいので、後ろに
下がってみると色の組み合わせがよくわかりました。
現代的で素敵な抽象絵画ですね~♪

III. 心のかたち

作者やモデルの内面の表現は、言うまでもなく、
近代の芸術の重要な軸のひとつですが、優れた作品
においては、それは単に個人的葛藤や感傷を示すだけ
にとどまりません。アーティストの内面が作品という場で
対象と触発しあう中から、ひろく万人に訴えかける普遍的
な力を持った感情が宿りはじめます。

 Aoki_2
 《男の顔》
 青木 繁  1904年
 大原美術館

すごいですね~、この顔!! ギョッロとした大きな目
で、こちらをふてぶてしく見下ろす男の顔が黄金色の
バックにギラギラとして燃えていました。初めて観ましたが
驚きです!!青木自身の顔でしょうか?強い目力に圧倒
されました。
青木繁について詳しくは、 「美の巨人たち」の「
海の幸
からご参照くださいませ。

Sekine
  《信仰の悲しみ
  関根正二  1918年
     大原美術館

20歳で夭折した関根が描いた19歳のときの
作品だそうです。このような幻想が寂しいときに
目の前に現れると言ったそうです。若いときに
なんという哀しい幻想を見るのでしょうか。。。
Kojiさんととても不思議だといい合っていました。

IV. 夢かうつつか

   古来、宗教や歴史の物語を伝える役割を果たして
    きた美術は、近代になると無意識や夢といった領域
       にまで及び始め、シュルレアリスムのような表現も
       生み出されました。また、戦争や死という普遍のテーマを
       物語る作品は、最も鋭く、力強い造形となり、私たちの心に
       迫ります。

         Moreu
           《雅歌(がか)》     
       ギュスターヴ・モロー 1893年
           大原美術館蔵


  久しぶりにモローが水彩で描いた美しい作品を
  観れたことが嬉しかったです。大きさといいモローが
     描いた中でも本当に完璧に近い素晴らしい作品では
     ないでしょうか?この「雅歌」は、ソロモン王と乙女との
     愛をうたった、旧約聖書の「雅歌」を題材にしているとの
     ことです。

         Web_exh_works_011
              《幻想》
       ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ
              1866年

  大変大きくて美しい作品でした。図版だけでは、この
    幻想の良さがわかりませんが、二人でしばらくは魅入って
    いたくらい素晴らしい作品でした!特に手前の男の子が
    お花を摘み取っているポーズなど本当に夢の世界のように
    きれいでした。白い馬もなんて魅力的でしょう~♪シャヴァンヌ

    の大胆な構図が後のゴーギャンやセザンヌにも影響を与えた
    そうです。1866年の作品なのに、とても現代的な感じですね!

V. 楽園(パラダイス)へ

近代美術には、「内面」や「純粋さ」に向かう傾向と同時に、
それとは逆の「本能」や「原始的自然」に憧れを持つ傾向が
強くありました。このセクションでは、そういったプリミティヴ
なものの持つ力強さ・野太さ・おおらかさを、近代の知的造形
と絶妙に調和させた作品群により、アーティストたちが求め続
けたモダン・パラダイスに迫ります。

Gogan_ohara_2
  《かぐわしき大地》
 ポール・ゴーギャン 1892年
   大原美術館

やっとパラダイスに到着です。ここにくると屏風絵などが
増えてとたんに明るい色彩やら豪快な感じがしてきます。
最初にこの絵をみたときに、女性の後ろの赤い物体が
とても目を惹きました。怪鳥(キイラ)だそうで、楽園の
ヴィーナスを襲おうとしているのでしょうか。。。近くによると
絵の具がうす塗りにキャンバスの地が見えるほどでしたが
なんと画面全体からいろいろな色彩が咲き乱れて、暑い
空気が伝わってきます! 木の幹にさえ何色も色分け
してあって面白いです。このような最果ての島にきて、
ヴィーナスが迎えてくれそうに思ったのでしょうが、着て

みるとやっぱり、怪鳥が飛んでるわけですね!本当の
楽園はゴーギャンは死ぬまでに見つけたのでしょうか?
かなり強烈ないろいろなことを考えさせる一枚の絵でした。

駄文に長いことお付き合いいただいて、ありがとうございます。
今回の展覧会は、両館の方々のご尽力の賜物だと思います。
まるで、NYのMoAに来ているかのような錯覚を感じるような
洗練された近美に今回は大満足でした!!

☆美術散歩のとらさんが今回の両館の作品を見事に「比較対決」
   されています。どうぞとらさんの
HPでご覧下さいませ。

☆Takさんの記事でも今回の展覧会で興味深い見解をいくつか
   述べられています。 

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2006/07/28

映画業界裏方ツアー - 鑑賞会 No.18 - 2006

  venerdi, il 18 luglio 2006

     Cameras
            特殊合成機   1966年製

水曜日(26日)の夜に、映画の制作会社に勤務されている
すたさん(HP)のご好意で、撮影されたネガ・フィルムが
どのように編集されて、映画館で上映されるフィルム
までになるかを社内見学させて頂きました。ご参加者は、
KANさん、みゆきさん、ぴく太さんご姉妹、マルちゃん、
以前も知泉さんのオフ会でお会いした雪まろげさんと
私の愚息と私の7名でした。

会社名やあまり詳しい内容までは書けないのですが
一本の映画ができるまでは、いろんな人の手が携わる
ことがわかって大変勉強になりました。まさに、職人の
裏世界を見学できてすごく面白かったし、デジタル化の
波もここまで押し寄せている現実を目の当たりにして
すたさんがご案内して下さらなければ、知らない映画
の裏の世界を知ることができました。

Film_1

先週も一度、Visiting tourの方で見学させて
頂いたので今回、2度目でしたが、すたさんには
大変お世話になりまして、ありがとうございました。

すたさんは本当に世話好きだし、いまどき珍しい
熱血漢でとてもストレートに物事を運ぶので、
このような熱い人が日本に増えればもっと活気が
出るのに!と思うほど太陽のように明るい人です。

肝心のフィルムの工程はあまり書けないのですが、
昔ながらのネガからポジ起こしで、一枚一枚の
フィルムに傷がないか手作業でチェックするそうです。
現像液も劇薬だし、その日の温度・湿度によっても
微妙に色の出具合が違うので調整するとのことです。

そして、今ではすべてのフィルムをデジタル化して
保存しているそうです。それも一つ一つのフィルムを
デジタル・データに変換するわけですから、特別な装置が
必要なのでVip Roomのような専用のお部屋がありました。
(Vip Roomの部屋はデジタルデータを編集/合成する所
          とすたさんより訂正が入りました<(_ _)>)

映画でよく出てくるような映写室も案内していただいて、その裏
の映写機室も見せていただきました。35mm, 65mm, 16mm など
それぞれのフィルムの幅
に合わせた映写機が設置されています。
今では、デジタル専用の映写機もありました。映写機を回すと
プラスイオンが大量に発生するので、専用の排気管まで天井から
下がっています。
        

そして、監督やお客さんのOKが出たフィルムに最終的に修正を
かけてまた現像し直して、それを乾燥管のような管が発送室まで
繋がれているのでそこまで乾燥して送られます。発送室に着くと、
機械的にクルクルとロール上に巻かれ、ケースに入れて、
お客さんの元へと発送されるようになっています。(修正済み)

その一連の流れを建物中、行ったりきたりしながら説明して
いただきました。階段で足がガクガクしましたが、それは私の
体重過多と運動不足のせいですが、それほど、いろいろな部屋
があって作業部屋も個々に分かれています。

       Goseiki

最後はロビーで、古い特殊合成機が展示してあるので、
その説明を受けました。以前は合成も簡単にできなかったので、
映像をとるときも作り手側も真剣なので、よい作品が残って
いますが、いまやCGや修正も簡単に切り張りできるので、
すぐに忘れ去られる作品が多くなって嘆かわしいとすたさんは
閉めの言葉でおっしゃっていたのが印象的でした。

それから、近くの居酒屋で生ビールをみんなでワィワィしながら
飲みました。すたさんもちょっとお疲れのようでしたが、それでも
息子がロスに8月の後半から遊びに行くと言うと、今は地下鉄も
できてロスも動きやすくなって安全だし、サンタモニカのグルグル
回る(それも上の部分が囲まれていない)海の上の観覧車に
ついて話してくれてそれがとても面白くて大笑いでした(o^∇^o)ノ

まるちゃんも苦労した遠泳の話などでとても盛り上がりました!!
楽しい見学会でしたが、帰りは京浜急行が少し止まっていたそうで
皆さんの帰りがとても遅くなったそうです。本当にすたさんはじめ
お仕事の後に皆さん、集まっていただいてありがとうございました。
すたさんがとてもよくして下さったので、すごく素敵な見学鑑賞会に
なって心が温まりました。

また、今度はその完成した映画でもみなさんと鑑賞しましょうね~☆

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