暗さの文化論

2005/09/13

「月々の図」ブリューゲル-暗さの文化論 No.3

  

     brueghel_snow00

Seedsbookさんが素晴らしい
     「
空からの挨拶記念写真集
を掲載して下さって、帰宅早々、大興奮して
おりましたが、またまた、そのヨーロッパの空
に関連する話題で、「徒然なるままに」のak96様が
   「
ブリューゲル「雪中の狩人たち」と小氷河期」と
題して、「フランスに揺られて」のPaul様の
   「
ブリューゲル - 古気候学
の記事と
拙記事を繋げて下さり、さらにヨーロッパ
の気候とそれに関連する絵を詳細に渡って解説して
下さった記事を拝読をさせていただいて今日は、まるで
ヨーロッパの空の下にいるような気分で高揚しっぱ
なしであります。

そのak96様の記事に、このような質問が書かれていました。

6月にウィ-ン美術史博物館を訪れた時のブリューゲルの
部屋の感動を思い出す。(あまり確かでないが)世界で
始めて雪景色を描いた絵画と説明があった記憶がある。
3部作だったと思い返し、カタログを読み返すと、現存する
5つの作品のうち、3つの作品がウィ-ン美術史博物館に
展示されているとのこと。雪に触発されて、この連作を
書き出したのか気になってきた。Wiki Pedia英語版によれば、
 
 中略

という順に作品リストがあった。ということは、雪景色から
書き始めた連作だったのだろうか。どなたかご存知なら
ご教授願いたい。

それに回答するには、乾 正雄氏の本
夜は暗くてはいけないのか-暗さの文化論
から「寒かったブリューゲルの時代」の章に書かれていた
ことを抜粋してみますが、作者も確実には分かっては
いないようです。

 順序として、まず白いことを取り上げよう。
  今でこそ、われわれは雪景色の絵を珍しいとは思わないが、
 この絵以前には、雪景色は書籍の挿絵に描かれる程度だった。
 1565年と記されている、117x162センチと大きなこの
  絵は、もっとも早い時期の本格的な雪景色の絵に属する。
 ウィーンのたくさんの絵の中で、白いことが目立つわけだ。
 
 この絵は、アントヴェルペンの富裕な商人の邸宅に飾られた
  「月々の図」の中の一枚だそうだ。「月々の図」のシリーズ
  が12枚だったのか、2ヶ月ずづを一枚に描いた6枚だったの
  かは議論が分かれるが、最近は6枚説が有力らしい。現存
 しているのはウィーンに3つ、ニューヨークに1つ、
 プラーハに1つの合計5枚しかなく、7枚も失われたとする
 よりも、一枚だけなくなったとする方が自然だからであろうか。

 それよりも、この雪景色が何月のものかは問題である。これには
 年末説から、1月説、2月説、1・2月説まであるが、感覚的に
 は、1月か2月がぴったりだ。ただし、私が最後にウィーンの
 美術史美術館へいったときのこの絵の説明には、
 「全シリーズの中で、この絵は、以前考えられていたように
    最初のものではなく、最後のものである。狩人たちは手前から
    入り、鑑賞者から遠方へ歩み去る。一年は終わったのである」
 とあった。これは、この絵が「12月」だといっているのだろう。
 
 しかし、それにしてはこの景色は寒々としている。寒い国の雪は
  早いし、私自身のささやかな経験でもベルリンで11月始めに
 30センチも積もる大雪にあったことがある。しかし、
 そういうときの人々が「早すぎるよ」と言ってあわてふためく様子
 と、この絵のように、用意万端整って今まさに人々が真冬を雪の
  下ですごしているという情景とは違う。私は歳が明けてからの絵と
 見る説の肩をもちたいように思う。
 

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2005/08/30

ブリューゲルとシスレーの雪景色-暗さの文化論No.2

       brueghel_snow00

    こんばんは。
   少し秋風も立ち始め、夕方はしのぎ易くなりました。
   でも、これから暑い夏の疲れが出やすいので、どうぞ
   温めのお風呂に浸かって、お体を休めてくださいね。

  今夜はまた、ブリューゲルの「雪中の狩人たち」と
 
フィリップス・コレクション展でほどんどの皆様が
  感激されたとおっしゃるシスレーの《ルーヴシェンヌの雪》
  を 「暗さの文化論」No.2 (
No.1)に含めてお届けしたい、
  と思います。

  No.1の記事に「フランスに揺られて」のPaul様から
  ご丁寧なコメントが寄せられ、また私の質問に対して
  その回答となる記事をPaul様ブログに記事として
  書いてくださいました。とても感激です!!
  以下はPaul様がお調べいただいた「古気候学」について
  少し掲載させていただきます。

 「1565年、ピートル・ブリューゲル父が  『雪中の狩人たち』
  のなかで厳寒の北ヨーロッパの風景を描いた。この年は、
  ヨーロッパの冬が特に厳しかった16世紀の中で特別の年
  ではなかった。世界各地の歴史的・物理的な記録を見ると、
 1400年から1900年の間の大部分の年よりも気温が低かった。」
  SCIENCE 2001年4月号

 この年は、小氷河期 (Little Ice Age) と呼ばれていた500年
  にわたる時代で最も厳しかった年であったということのようだ
  (この事実には、正直なところ目を開かされた)。

    -中略 -

 
気候の変化により人間の活動は影響されるが、同時に人間
  の活動が気候の変化をもたらすことも忘れてはならない。
  他の領域と同様に、将来を占うには過去を研究するしかない
  というわけである。

  自分の絵が古気候学の資料になろうとは、ブリューゲルも
  思いもよらなかったであろう。

 Paul様がお調べになったとおり、本当にこの頃は
 ヨーロッパでも一番寒い時期だったのかもしれま
 せんね。なんでも、この頃はアルプスの氷河の
 大進出があったために余計寒かったとのことです。
 でも、狩人達の歩いている姿や子供達が元気に
  外でスケートをしたりと極寒の中にも、人間や空を
  飛ぶ鳥なども何か今よりも自然と共存して逞しく
 生きているように見えます。

 それから、同じくコメントを下さった「カイエ」のlapis様が

  でも谷崎潤一郎とは意見が合わなそうです。(笑)

 
と書かれていたのですが、その逆も真?で、この
  「夜は暗くてはいけないか」の本の中に
  「『
陰影礼讃』 再読」として谷崎氏の言葉を引用しながら、
  昔の日本家屋の美しい光と影について紹介しています。
  この本は一年前に読んだので忘れてしまっていましたが、
  lapis様によりまたその部分を再読できました。

  それから、同じこのような「ブリューゲルの暗い空の
下にある国々」にあたるフランスはパリから約16キロ
ほどに位置していますルーヴシェンヌの雪を描いた
シスレーについても少し触れたいと思います。

         sisley

                  『Snow at Louveciennes 』1874

 フィリップス・コレクション展へ行った皆様が、
  ルノワールの「船遊びの昼食」はもちろん
  素晴らしく感激したが、その次にこのシスレーの
  《ルーヴシェンヌの雪》が本当に良かった!と口々に
  おっしゃっています。

  この絵が描かれた1874年12月にも大雪が降ったそう
  ですが、このような情緒のある雪景色は私も初めて
  観たかもしれません。あまりにも心に強く残ってしまって
  感想文が今になってしまうほどですが、上のブリューゲル
  の雪はもうカッチカッチとしていて氷つくようですが、私は
  この絵を観たときに寒さは全然感じずに、むしろ雪の反射
  で心が温まるような気がしました。図版よりももっと雪に
  厚みがあり、雪の部分が層になっていてその雪に包まれて
  しまいそうになりました。この絵はとても日本的で傘を差して
  いる女性も着物でも着ているかのように感じてしまいます。
  左上の空が明るいのは少し春に近いのかしら?とも思って
  しまうほどです。

  シスレーの優しく温もりのある雪景色に完全に魅了されて、
  9月4日(日)の最終日にでも駆け込んでしまいそうです。
  どちらも暗いヨーロッパの冬景色でしたが、作者が冬の
  美しさを余情的に描いたいつまでも心に残る素晴らしい
  作品だと思います。

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2005/08/26

ピーテル・ブリューゲル - 暗さの文化論 No.1

東京地方は昨夜の内に台風が通過してしまって
ホッといたしましたが、今は東北地方に豪雨
が降っているようです。せっかくの夏休みの
最後の週に台風で海も荒れていることでしょう。

さて、今夜はまた会社の帰りにモロー展
行く予定でしたが、急に蒸し暑さが戻って
疲れてしまい、行く元気がなくなりました。また
週末に元気になってから観にいこうと思います!

              moreau 
               
  《サロメのための習作》

夜は、そのモローと対照的といってもいい
画風のピーテル・ブリューゲルについて
私の分かる範囲といいますか、ほとんどが
以下の本の引用を書かせていただきますので、
ご興味がある方はご一読くださいませ。

ピーテル・ブリューゲルの実物の絵はまだ
観ていないのですが、先日の丸ビルで行われた
プリンターで原寸大に印刷された作品を観て
すごく大きいことと構図や色が素晴らしかった
印象が強く、実物を本当に観てみたくなりました。

会社のアート好きな方に以前、乾 正雄著
夜は暗くてはいけないのかー暗さの文化論
という明るさと暗さを日本とヨーロッパで比較
して、もう少し日本も照明について敏感になり
「暗さが人にものを考えさせる」という暗さの
再評価をしているご本を貸して頂いたことが
あります。           
   night

その本で、最初の見開きページに、この
ブリューゲルの「雪中の狩人たち」の図版が
掲載されていて詳しく説明がされていました。


  bru

長くなるかと思いますが、引用させていただきます。

ウィーンの美術史美術館で、とりわけ日本人のよく
通う一室がブリューゲルの部屋である。ここには
全部で十数点ものブリューゲルが描いた穏やかな
中世の絵がある。その中でも目立つのが
「雪中の狩人たち」である。では、この雪景色が今
までの西洋の伝統的古典絵画と違って目立つ色
を次の3つの点から述べてみる。

  • 白いこと
    117x162センチ 大きなこの絵はそれまでで
    一番早い時期の本格的な雪景色である。
    この絵が描かれた1565年は今よりも大変
    寒かったので、湖がこれほどに厚く凍っている。
  • 暗いこと
    第一に空が一様にべったりと暗い。
    アルプスの北側の冬空には雲が厚くて
    どこにもムラがない曇天空がよく現れる。
    →専門用語では、完全曇天空という。
    →太陽の存在を感じさせない、雲の形はNG、
       明暗も濃淡もつけてはいけない。
    フランドルの典型的な冬景色を描くにはこの
    空が必要だった。
    第二に、凍った水面が暗い。(鈍い緑色)
    第三に、ほかの様々なものが暗い。
    日没近くの暮れ始めの情景が暗いが、雪景色
    やそのほかののどかな描写により暗い印象を
    与えていない。
  • 青いこと
    古い絵の中でこの青は目立つ。
    曇天の色と氷の面の色が青い。
    氷の面には青白さがあるので、それに調子を
    あわせるために、鉛色の空にわずかに緑を
    加えている。
    夕方、真っ暗になる直前に、外界は青みを
    帯びて見えるので、曇り空に青みを加えて、
    夜の暗さが近づいていることを感じさせた。
    西洋の画家たちは、夜景を青く描いた。

絵としては雪の白さとコントラストをなして、空はよけい
暗く見える。青いことも暗さに付随して現れる。暗さが
画家に青を使わせたのである。

作者は建築家ですので、このブリューゲルの空に
ついて詳しく分析するのには、わけがあると続きます。
わけは長くなるので書けませんが、ご興味のある方は
ぜひ図書館か本屋さんでどうぞ~~(^_-)-☆

ただ、少しだけですが。。ヨーロッパの都市や建物の
暗さを支配するのは、ヨーロッパの暗い空であるが
その暗さをこれほど見事に視覚化した絵はほかにない。
空の暗いのはアルプスより北の国々だ。それらの国々
を総称して、「ブリューゲルの暗い空の下にある国々」
といいたい。その暗い空の下の国々より日本は、
明治時代にレンガ造りの家やガス灯など様々な
西洋の様式を取り入れましたが、それらが暗い空の
国々で造られた物であることを考えもしていなかった
ことから、現代の明かる過ぎる日本の建造物へ繋がった
ことが様々な検証により紹介されています。

この本は、本当に内容が濃くて建築や照明やこれから
のエネルギーの節約についても具体的に書かれて
います。また、ほかにも同じフランドル地方の情緒的な
光をきれいに取り入れた画家、ピーテル・デ・ホーホ
ついても書かれていますので、またの機会に、
「暗さの文化論」シリーズとして続けたいと思います。

                   Hooch_thumb
                  
 《デルフトの中庭》

 

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