ニュース

2011/05/02

CNNニュースで活躍する女性キャスター達!!

                        Exp_sot_obama_bin_laden_cnn_320x180

   CNNでは、米軍がパキスタンで実施した作戦で、国際テロ組織
アルカイダ指導者のオサマ・ビンラディン容疑者が死亡したことを伝え
ています。遺体も確保したそうで、公表するようですね。CNNのニュース
は、こちらです↓
http://www.cnn.co.jp/world/30002630.html

  ビンラディン容疑者は、3000人を超す犠牲者を出した2001年米同時
多発テロの首謀者とされ、米国が10年以上前から行方を追っていて、
先月下旬に、パキスタンの都市に潜伏したことを突き止めていたので、
今回の襲撃に繋がったようです。

  ホワイト・ハウスやグランド・ゼロの前には、沢山の人々が集まって、
同時多発テロ首謀者の殺害に成功したことを祝っています。

  最近は、中東や北アフリカでも反政府デモ隊(社会変動)が抗議で
集まったり、先日の英国王室のウェディングでもヴァッキング・パレス前に
大群衆(50万人)がお祝いに集まったり、今回も米国の人々がテロの
首謀者殺害の勝利をサラブレイトしに集まってきています。

  それが、一瞬で世界中にニュースで伝わるメディアの速さに日々、驚く
ばかりですが、一瞬先は何が起こるか分からないという危機感をも抱か
せられます。

  これが、テロに対する完全な解決にはならないようですので、
報復など今後も気を付けて行かなければならないようです。

  王室ウェディングのホットな話題から、一気に緊迫したニュースに
ドキドキしておりますが、女性のキャスター達や政府の報道官達が
ハキハキと事態を解説している姿に、頼もしさとプロフェッショナルな
報道姿勢に尊敬の念さえ感じてしまうほどです!

 

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2009/10/29

◆ Juliaのお知らせコーナー/Top Page ◆

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2009/09/11

9.11 ~アメリカを変えた102分~ ヒストリーch

              220pxwtc911

2001年 9月 11日に「同時多発テロ」がNYで発生してから
もう8年の年月が経ってしまったのですね。ニュースでも
インターネットでもあまり取り上げていないようですが、
何か、今日は9月11日だということが朝、心に引っかかる
物がありました。

ヒストリーchを夜、たまたま付けましたら、「特集 9.11
を放映していました。下記は、HPよりこの番組についての
概要です。一般市民の驚いて恐怖に引きつった顔が映って
いました。久しぶりにあのツインタワーが炎上している映像
をみて、私も震える思いでした。全部通しては、見れません
でしたが、あの時の何とも言えない恐怖が蘇るようです。

第61回エミー賞4部門ノミネート。
米国同時多発テロ事件をまったく新しい角度から斬新な
手法で捉えた衝撃作。ハイジャック機が突入した2つのタワー。
その1つめのタワーへの突入から2つめのタワーの倒壊直後
までを、日本ではほとんど公開されていない、一般の市民が
撮影したビデオ、ニューヨーク市警察や消防署、港湾局や
救急隊員の無線でのやり取り、監視カメラ映像、そして
テレビ局がカットした映像などをつなぎ、時系列で追った
102分間のドキュメンタリー。元NHKワシントン支局長で、
外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一氏が、 9.11テロ発生
当時に現地で11日間に渡ってレポートを行った経験を含め、
解説を行う。

私はこの事件が発生する2年前に、NYへ行きました。
街は自信に満ちて、歩いている人たちも明るくて、
アメリカはなんて強くて輝いているのかしら?と
その当時は、経済も豊かだったせいもあり、とても
街中が華やいで見えました。

しかし、4年前にNYに行って、このグランド・ゼロ(爆心地)の
フェンス脇に立ったときは、壮絶な思いがこみ上げてきました。
まだ、周りのビルは黒いすす跡が残っていて、センタービルの
コンクリートもわずかに残っていたからです。とても大きな敷地で
その横に立っただけで、胸にこみ上げてくるものがありました。

また、街の人々も以前ほど元気がないように見受けられました。
現在は経済的に悲惨な感じでしょうか?

しかし、オバマ大統領が今、必死でアメリカの国を再生へと
導いているようですので、今度は奢ることなく健全な国へと
再生して欲しいと願っています。

約3千人の犠牲になった人々のご冥福を祈りたいと思います。

      

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2005/09/07

Takさん「フェルメールの絵に恋して」日経夕刊

今日は朝からTakさん(BLUE HEAVEN)の日経夕刊
のことで頭がいっぱいでした!

当ブログでもよく登場している私の課でご一緒の
「アート好きおじさん」も気にして下さって、夕方
「Juliaさん、上に行って日経が来てるか見てきますよ!」
とおっしゃって、 上の階にわざわざ見に行って下さった
のですが、あいにく「まだ課長の机の上だぁ~x」
とのことで、「それでは駅まで行って買ってきます!」と
行って、会社を抜け出し近くの駅の売店へ飛んで
行きましたε=ε=ヽ*^∇^)ノ

ありました!!大興奮でした!

    tak
          写真 「デルフト眺望」を鑑賞するTakさん
                (オランダ・ハーグの美術館より)

 「こだわりの巡礼①」と
  フェルメールの絵に恋してと題して
  新聞の社会面に上記より2倍ほど立て長
  の記事が掲載されていました。ご覧に
  なっていない方の為に少し抜粋します。

 Takさんがフェルメールの絵のとりこに
   なったのが10年前で、その時
  「やっと理想の女性に巡りあえたような感じ
  だったそうです。それから、1998年の夏から
  フェルメール巡礼の旅が始まり、世界6カ国
  15都市、18美術館に点在している30点の絵
  の内、残るはあと2点になったそうです。巡礼
  8年目の来春の旅行でひとまず完結する予定
  ですが、また
    「現地美術館での全作品鑑賞」が2巡目の
  課題だそうです。
 
  アート好きおじさんも
  「オ~かっこいい人だ!日本でこれだけの
   フェルメールの絵を観ている人はいない
   のでは?着ているジャケットもいいですね!
  どこで買ったのか聞いておいて下さいね。
   それにしてもいい写真だ!」などと
   二人で勤務中に新聞を前にして大興奮!

 Takさんはその内、日経専属のフェルメール
  評論家さんになられるかもしれませんね!

  素敵な掲載で本当に興奮して、幸せな気持ち
  になりました。Takさんがユリがお好きだと以前、
  書かれていたのでミュシャの
    「ゆりの聖母」
  を掲載して少し自分も興奮を鎮めます(^_^;

         lily_mucha   
                        1905年  テンペラ 

 追記:
  Takさんのご承諾を得て、カラーバージョンの
  同記事のお写真を掲載させていただきます。
  尚、Takさんご自身の詳細に渡る
掲載記事です。

      tak_vermer   

 

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2005/08/16

60周年目の終戦記念日 - 山端庸介 

今日は大変暑い60周年目の終戦記念日でした。

   netsu
       根津美術館内の庭園にて

「フランスに揺れながら」のPaul様がご紹介
して下っていた Philippe FOREST氏の
Sarinagara 」の本に書かれている章で
山端庸介(1917-1966)氏という写真家に
ついての翻訳を掲載されていました。

大変、深い内容をPaul様のフランス語の知識と
見識で一日に少しずつ5回に分けて翻訳をして
下さり、山端氏が現像した瞬間に現実の哀しみ
を知り、またこれを残して世間に発表していくと
いう思いに至った心理を短い文章の中に鋭く
描写されていました。現実を直視した時よりも
映像によって真実を受け留めた時の哀しみの方
が大きかった、とその瞬間の変化に人間としての
心の痛みがこちらにも伝わってくるようで、大変
感銘を受けました。

どうぞその真実をご覧になって下さいませ。
 山端庸介撮影の足取り

原爆から八年後に、氏はこのように記したそうです。

「人間の記憶は年々環境や生活の変化で批判が
 甘くなったり、誤ったりして行く。
 しかし、キャメラが把握した当時の冷厳なる
 事実は、今日でも少しも粉飾されず、八年前
 の出来事を冷静にそのまま皆様方の前に報告
 している。」

折りしも、イタリアのジェノバ市で「日本の美術展覧会
(PhotoGuide Japanより)が開かれているそうです(8月21日まで)。
山端氏の写真も展示してあり、その時の写真集が図録
として出版されたとのことです。

  yamahata
  《Yosuke Yamahata NAGASAKI》
  山端庸介の新しい写真集兼図録
  

   22catalogposters

  《Manifesti D'Artista 1955-2005
   ポスター展の図録/ 》

世界が二度とこのような核を使わず悲惨な
戦いを止めて平和になりますよう切に願って
おります。

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2005/08/10

黒田征太郎氏 「ピカドン・デー」 in NY

画家、黒田征太郎氏による反核活動を
アートによるパフォーマンスでニューヨーク
において行われたことは大きな意義がある
と思います。

戦争は人間の命だけでなく、
衣食住も自然も、人間を取り巻く
すべてのことを犠牲にしてしまう

PIKADONプロジェクト

アメリカに移住した黒田さんは、
野坂さんの『戦争童話集』に出会い、
「9・11」を体験します。
ビルの崩壊と原爆きのこ雲のイメージが
重なり生まれた、「PIKADONプロジェクト」
について語っていただきました。

河北新報社より
<アートで反核訴える NYでビル壁面にアニメ>

ニューヨーク在住の画家、黒田征太郎氏らが
アートを通じて世界に反核を訴えようと今年から
始めた「ピカドン・デー」のイベントが8日ニューヨーク
で行われ、米中枢同時テロで崩壊した世界貿易
センタービルの跡地「グラウンド・ゼロ(爆心地)」など
で反核と平和を訴えるアニメが上映された。

kuroda

ピカドン・デーは黒田氏が「広島、長崎
という特定の場所だけではなく、世界の人が
反核や反戦の気持ちを分け合う日を作りたい」と、
世界の芸術家に呼び掛けて始まった。

PIKADON.blogより

NYでは当日はチェルシーのESSO Galleryにて、
Pikadonプロジェクトのコンテンツを発表。
予定は以下の通り。
2005年8月8日
17:00~19:00
PIKADONプロジェクトのコンテンツを発表会
   at Esso Gallery
531 West 26th Street, 2nd Floor
New York, NY 10001 USA

PIKADON ショートアニメーションフィルム
「ふたつの黒い雨」 "Two Black Rain"  上映

PIKADON ブックとCDの発表
  「リオ 旅に出た川」"RIO, River on a Journey"
  「ふたつの黒い雨」 "Two Black Rain" CD/ Book

PIKADON ライブペインティングNYの発表

夕刻以降はNYのランドマークで映像プロジェクション
などを予定しています。
テーマアニメの投影予定地は以下の通り

2005年8月8日
20:00~24:00
Lincoln Center
Museum of Natural History
Metropolitan Museum of Art
Guggenheim Museum
Plaza Hotel
New York Public Library
Empire State Building
Flat Iron Building
Union Square
Washington Square
Ground Zero

ロサンゼルス、サンフランシスコでも、PIKADON
プロジェクトにインスパイアされたインターナショナル
アーティストによる様々なアートイベントが同時発生
します。皆さん是非ご参加ください!

日本でも。。

場所 都立第五福竜丸展示館 

期間 2005年7月16日(土)~8月14日(日)
9:30~16:00
(月曜休館、7/18開館、7/19休館)

東京都立第五福竜丸展示館
東京都江東区夢の島3-2 夢の島公園内 黒田征太郎氏の
ピカドンプロジェクト作品展。1995年フランスの核実験再開に
衝撃を受け描きはじめ、山部ヒロノブ氏と交換した3000枚の

キノコ雲のポストカードからの展示およびスライドショー、
野坂昭如原作「戦争童話集 忘れてはイケナイ物語り」全12話を
上映。

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2005/08/09

<原爆展>8/5-30 パリ市庁舎で開催

フランスや英国で、最近、広島や長崎の原爆について
のドラマやニュース
(仏・ラジオ)(英国・テレビ)を多く
取り上げて放映しているそうです。

+英国BBCとフランスのTF1が共同制作した番組
 "
Hiroshima" が8月4日に放映されました

+スコットランドのグラスゴーでも広島被爆60周年
  追悼会が8月6日ありました。(
BBC News)

      bbc
       レポーターのDuncan Kirkhope氏は
      参列者が「平和のシンボル」をチョークで
      描いていたのを写真に撮ったそうです。

excite 国際ニュースから

<原爆展>来月、パリ市庁舎で 広島、長崎両市も協力
        [ 08月06日 10時30分 ]
   
 【パリ福島良典】ドラノエ・パリ市長は5日、来月5日から
 30日 までパリ市庁舎で原爆展を開催すると発表した。

 パリでの原爆展構想はドラノエ市長が昨年11月の広島
 訪問時に表明していた。広島市、長崎市などが協力する。
 ドラノエ市長は「国際平和の日」の9月21日、秋葉忠利・
 広島市長とパリで会談する。

 フランスでは原爆投下60年にあたり、テレビ局の特派員
 が広島から被爆者の声や平和記念式典準備の模様など
 を報告。4日夜には民放TF1がドキュメンタリー映画を
 放映するなど、国民の関心が高まっている。

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2005/08/06

60年後に公開された米記者の原爆記事

peace-02いわさきちひろ
              「カーネーションの
母と子

1945年8月6日の午前8時15分に広島へ
原爆が投下されました。その3日後には
長崎にも続いて投下されました。その
1ヵ月後に米国のシカゴ・ディリー・ニュース社
のGeorge Weller記者が自力で長崎に到着
しました。

今日(土曜日)の英語のクラスでは、その
記事について勉強しました。あまりニュース
でも当時の様子を放映しなくなったので
忘れかけていましたが、カナダ人の先生が
「今日は広島に原爆が投下された日ですね。」
と言って授業はスタートしました。

Weller氏は長崎の惨状を2500語ほど記事に
書いて、連合国軍総司令部(GHQ)に提出
しましたが、マッカーサー元帥によりその記事を
検閲され抹消されてしまいました。

2002年にWeller氏が亡くなった後に、息子さん
であるAnthonyさんが、父がタイプライターで
その記事を打ったカーボンをはさんだコピーを
この5月に発見しました。その記事をアメリカの
出版社に見せましたが興味を示す所がないので、
日本の毎日新聞社にその記事を提供することに
なりました。

広島の平和記念式典「被爆60周年」において、
ついにWeller氏の
記事が読み上げることに
なりました。 
(実際に読み上げられたどうかは
わかりません(*- -)(*_ _)

「唯一の被爆国」に生きる新聞記者として果たすべき
役割があるとしたら、原爆を書き続けることにつきる
だろう。よって、ここに「
平和記者宣言」をする。
         (毎日新聞大阪本社編集局次長 広岩近広)   
      

  「
原爆が落とされた当時--国内にあっては、
GHQ(連合国軍総司令部)のプレスコードによって、
原爆の悲惨さや放射能の脅威を、世界に向けて
発信できなかった。また米国内では、原爆死を
過小評価するプロパガンダがなされ、結果として
ヒロシマとナガサキは隠蔽(いんぺい)された。」

勉強した記事は、baltimoresun.com
The Hiroshima cover-up

もっとそれが早く公になっていたら
米国内でも核の恐ろしさを知り、
市民から
の反対がでて、これほどまでに核兵器の
製造が広がらなかったであろうとの見解
でした。

ざっと調べても日本のニュースでは
このことを取り扱っていないようでした。
一気に20万人以上の人命が失われた経験を
持つ日本なのですから、これからも戦争に
加担しないで平和であって欲しいものです。

追記:
6日夜、平和の祈りを願う素敵な
イベント
ありました。

  ashiya
   <平和への願いを込めてろうそくで
                 描いた天使と鳩の絵>

北海道の真ん中に位置する芦別市の
カナディアンワールド公園で、6日、地元の
小学生約100人により約7000本の
ろうそくが点火されると、平和を祈る天使と
鳩(はと)の絵が描かれました。

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2005/04/03

テリー・シャイボ(Terry Schiavo)さんの死によせて

米フロリダ州のテリー・シャイボ(Terry Schiavo)さんが
15年以上も植物人間でいましたが、州裁判所の指示で
栄養補給管を除去されて14日目にあたる3月31日、
死去されました。

参考サイト: CBC News

シャイボさんが死を望んでいるとして、 延命を求める両親と7年間法廷で争ってきた夫マイケル・ シャイボさんの弁護士は、「(シャイボさんは)穏やかで 平和な、優しい死を迎えた」と述べた。 一方、両親側の 立場をとっているカトリック司祭は、コメントを発表し、 「これは、単に悲しみを伴う死にとどまらない。 これは殺人だ」と述べた。(ロイター) - 4月1日

今日の英語のレッスンのテーマは、この記事に関すること
ですが、先生はこれを授業で話し合うのにはちょっと重すぎる
と思ったそうで、"CommonDreams.org" から
"Terry Schiavo Could Save Millions of Young Women's Lives"
by Thom Hartmann の記事を持ってきて下さいました。

確かに、すごく重いテーマですよね!いくら植物人間状態でも
もし自分の娘がそうなったら、私ならやはり彼女のご両親と
同じ様にいつまでもそのままでいて欲しいと思いますもの。。
実際、少しずつでも反応が戻ったり、奇跡的に正常に戻った、
というような事実を聞いたりしてますものね。。
まだまだ、ご両親とこのご主人との対立は深まりそうですし、
全米でも議論を巻き起こしているようです。

ところが、この記事はその点はあまり触れずに、シャイボさんが
もともと拒食症が原因で心臓発作を招き、植物人間になって
しまったことを書いています。先生は彼女がそこが原因だった
ことをご存じなくて私達にも、この記事を読む前に、
「自分の外見についてはどう思いますか?」との質問を
されて、外見を気にするあまりに死に至ってしまうことに
焦点をもっていくような話し合いの場を作っていました。
原宿などを歩いていると、すごく痩せている女の子が
多いので、彼女達の半分以上は拒食症か過食症ではないか?
と半ば冗談交じりで心配されていました。

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