martedi, il dicisette giugno 2008
sono le dieci meno tre di sera

「コロー 光と追憶の変奏曲」展@西美
先週の土曜日(14日)、快晴に恵まれた一日は、VTCの皆様と
ご一緒に、以前から待ちに待っていました初日に、
「コロー 光と追憶の変奏曲」展
を鑑賞して参りました。この日は、講演会がありましたので、
聴講券を朝早くから並ばないといけないので、午前10時に
西美正面玄関で集合ということになったのです!上野駅に
着くなり、わん太夫さんから携帯で、
「もうすごい人が並んでいて、聴講できないかもしれませんよ。」
などとギョッ
とすることを言われたのですが、なんとか無事、
全員(10人)聴講券をゲットできてホットできました。
早速、荷物を置いて会場内に入ってみると、もうすでにすごい
鑑賞者の人たちでこれまた驚きでした!!こうなると、もう集合
時間を決めて、個々に鑑賞していただくことになりました~
第1章から第6章まで、コローの年代別の作品を追って、
コローの想い出(スペニー)を探るような構成で素敵でした。
好きな作品が沢山ありましたので、何回かに分けて書いて
行こうと思います。図版は図録から拝借しました。
第1章 初期の作品とイタリア

「コルベイユ近郊、エソンヌの眺め」
ジャン=ヴィクトール=ベルダン
1800-1805年 ルーヴル美術館
会場に入ってすぐにコローの肖像画があり、続いてこちらの
ベルダンの小さな風景画が展示してありました。小作品ながら
建物のレンガに当たる日の当たり方など美しかったです。
ベルダンはコローの先生で、ベンダンの肖像画を終生離さな
かったとのことです。画面右下に描かれている腕を上げている
花摘みの少女をコロー自身の描いた「モルトフォンテーヌの想い出」
や「幸福の島」などのモティーフにも描いています。

上「コロセウムの眺め」ピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌ
下「ローマのコロセウムの眺め」アシル=エトナ・ミシャロン
また続いて、同じ列に上記2枚の絵が隣同士で展示されていました。
ベルダンの師であったヴァランシエンヌの風景画ですが、少し上から
見下ろし、右側前景に木立を入れて描くその頃としては大胆な構図は、
コローに後々まで、意識下でも影響を与えたようでした。
その30年後に描いたミシャロンの同じコロセウムは、何かブルーの
青い空に浮かんでいるようなちょっとシュールでいてシャープな美しい
色合いの作品でした。ミシャロンはコローと同年齢の先生でしたが、
若くして急死したそうです。手前に影の中に人物が描かれていますが
それまでの風景画は、人物が中心で背景が目だ立たないように描い
ていたのがアカデミックな描き方の主流であったそうです。

「ファルネーゼ庭園から見たコロセウム」
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
1826年 ルーヴル美術館
1825年、念願だったイタリア旅行へ旅立ち、コローは黙々と
イタリア各地の写生をして、周りの若い画家たちの間からも
「コローはわれわれの先生だ。」と言われていたのは、こうした
コロセウムを描いた絵が周りをも納得させる技量だったほど
優れていたからでしょう。右前面は木立がうっそうとして、上
から眺めて描く構図は、やはりヴァランシエンヌを意識下で
お手本にしていたようです。部分だけですが、コロセウムに
当たる光が優しく微妙な色合いに変化していて、これだけでも
素晴らしいですね~☆
ミシャロン、ベルダンの二人の師から新古典主義を学んだ
コローでしたが、イタリアへ着てから様々な絵を観たり、
明るい光が射す陽光に、独自の大胆な構図で描き出し
強い光も取り入れたり、コローの様式がダイナミックに
変化して情熱が作品に注がれているのが感じられます。
1825年から28年の3年間におけるイタリア滞在がとても重要
な時期に当たるそうです。

「ローマ、フランス、アカデミーの噴水盤」
コロー
1845年 ランス美術館

「ヴィラ・メディチ、ローマ」
モーリス・ドニ
1921年 国立西洋美術館
始め見たときはあまり感じなかった噴水盤の絵でしたが、
講演会(また別に書きます)でお話を伺ったら、この構図、
フレーミングはきわめて特殊で演劇的に描かれていて、
特に木の影がカーテンのようで、その奥の光が深みを
増して見えてくるので、その後の芸術家たちにも多くの
インスピレーションを与えたそうです。ドニが同じような位置に
座ってより装飾的に描いていたと2点が比べるように並んで
展示してありました。同じ位置で座ることが同じフレーミングを
決める重要なポイントだそうです。
第1章だけでも長くなってしまいましたので、この辺で、
続きはいずれ書きたいと思います。
本展の監修者である高橋明也氏が、
「どこまでが現実で、どこまでが空想の世界か分からない
曖昧模糊とした所がコローの複雑さではあるが豊かさであり
魅力である。そんな世界を本展では、コローが一番よく描いた
《ヴィル・ダヴレー》の想い出を通して追ってみることで表した
かった。」
と講演会でもコローを理解することは難しい、と最後に言及
されていました。5年後ほど前からコロー展の構想を練って
日本人の私たちにあまりコローについて知らなかった点を
ご紹介したいと思われたそうです。
講演会を聞いたあとに、もう一度鑑賞しましたら、第6章の
風景画は、詩的で歌い上げるようなコローの感性が溢れ出して
その霧の中の舞台の世界に入っていけるような感覚に浸ること
ができて幸福感に包まれました。
絵の好きな方々とご一緒に鑑賞することができたのも
何か静かにお互いが心の中で共鳴し合えるようで素敵な
時間を過ごすことができました。ご参加してくださった皆様
朝早くからこの日は一日、お付き合いいただいてありがとう
ございました<m(__)m>
まだまだ、書き足りないので続けますが、あれだけの多くの
画家の作品とコローの絵をルーヴル美術館や他館から拝借できた
ことは高橋氏のご尽力と信頼の賜物と存じます。西美の関係者
の皆様にも今回の素晴らしい展覧会の開催を御礼申し上げます。
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