domenica, il 9 luglio 2006

歴史のなかの女たち―名画に秘められたその生涯
高階 秀爾
T氏がまた、古本屋さんで上記の素晴らしいご本を見つけて
きてくださいました。ブリジストン美術館で高階氏のご講演を
拝聴してから、すっかり高階ファンになってしまいましたので、
こちらの表紙をみたときは飛び上がりそうになる位嬉しかった
です!中世のヨーロッパ王族・貴族達の裏側が歴史的背景と
ともに、当時の厳しい結婚制度を時の女性達の絵画を交えて
華麗なイメージで掴むことができまして、優雅な読書の時間を
持てましたことを両氏に感謝申し上げます。
高階氏は「あとがき」で、昔の話なので史実には即してない面も
あるかもしれないが、「伝説」の女性達のイメージが歴史に
定着する上で重要な役割を果たしている部分をできるだけ紹介
した、と書かれています。『文藝春秋』に2年間にわたり古今の
歴史に残る24人の女性を選んで書かれた傑作です!
主に印象に残った女性の名前だけ次に挙げます。
マリー・アントワネット ジョゼフィーヌ
ジャンヌ・ダルヌ 王女クリスティーナ
クレオパトラ エリザベス一世
ルクレティア マルキア
マリー・ド・メディシス マリア・ルイサ
マルガリータ王女 そのほか
戦乱の時代に生きた彼女達の運命は生まれたときからすでに
決まっていたかのように国の政治的利用で、違う国の王族達
に嫁がされるわけですが、それでも美しくて利発なお妾さん達
に自分の地位はいつ奪われてしまうかもしれないという恐怖も
あるのか、贅をつくした身なりをしていても精神的に満たされ
ない日々を暮らしていた事実などを知って、愛のない宮廷での
豪奢な生活って優雅なようでいて厳しい現実に同情を禁じえ
ませんでした。
勢力結婚は日本でも昔からあったようですが、このような
ヨーロッパの王族・貴族達の目的には、お嫁さん側からの
莫大な持参金が目当ての結婚が多かったようですね。
今度、彼女達の肖像画を見るときは、そのような煌びやかな
衣装を纏った姿ばかり鑑賞するのではなく、歴史的な背景も
隠されていたことも同時に鑑賞していかなければという気持ち
を新にしました。
この本の中で、その残忍性で特に際立っていたのが、
『16歳の未亡人の肖像画』 王女クリスティーナ
の章に描かれていたヘンリー8世で、次々と王妃を殺してまで
変えていき、そのためには宗教までも新に作ってしまったと
いう史実です。簡単に概要だけでもと思いますが、以下に
ご紹介したいと思います。もちろん、ご存知の方も多いかと
思いますが、よろしかったらお付き合いください。

Portrait of Henry VIII
1536 Hans HOLBEIN
on wood, 28 x 19 cm
Thyssen-Bornemisza Collection, Madrid
ヘンリー八世は、女王エリザベス一世の父として有名ですが、
6回の結婚をし、その内2人の王妃と離婚し、もう二人は
国王の命で処刑、後の一人は結婚後わずか1年で世を去ると
いう悲惨な結婚遍歴の持ち主です。
1.Catherine of Aragon (1485-1536)

一人目の王妃は、ヘンリーの兄が死去した後に、その王妃、
カテリーナと結婚して22年間余りは平和に暮らしたが、
世継ぎの男の子に恵まれなかったために離婚を迫られる。
しかし、スペイン国王であり同時に神聖ローマ帝国の
皇帝カルル5世が反対した。カルル5世は、カテリーナの
父、フェルナンド2世の甥に当たる。離婚が長引いたため
ヘンリー8世はローマ教会から離脱して国王を首長とする
国教会を強引に成立させた。カテリーナは宮廷から追われ
3年後には死亡したが、王の命により毒殺されたという。
2. Anne Boleyn, (1507- 1536/5/19)

二人目の王妃は、宮廷の美貌の女官、アン・ボレインで
女児を出産するが、その子が後のエリザベス大女王となる。
アンも男子に恵まれず、 事実無根の不義で結婚してわずか
3年後の1533年5月2日に離婚されて17日後の19日に処刑
された。
3. Jane Seymour (1509-1537)

Portrait of Jane Seymour
c. 1537
Oil on oak, 26,3 x 18,7 cm
Mauritshuis, The Hague
そのアン・ボレインを処刑した翌日、女官のジーナ・シモン
との婚約を発表した。6/4に正式の王妃となり、翌年10月
王子誕生し、後にエドワード6世となる。王子出生後12日目
で帝王切開の故に死去というが確証はない。

Edward, Prince of Wales
1543 Hans HOLBEIN
Oil on wood, diameter 32,4 cm
Metropolitan Museum of Art, New York
☆それから、この間に上記、高階先生が本文中で書かれている
デンマーク王女クリスティーナが登場してくるわけですが
1522年誕生、11歳の時に形だけミラノ公スフォルツァと結婚
したが、2年後に死去。未亡人となったので、この肖像画では
喪服を着ている。ヘンリー8世は王女の肖像画をホルバイン
に描くように頼むと、画家は1538年3月12日に、3時間で
王女を写生した。すぐにブリュッセルからロンドンに引き返して、
そのスケッチを 国王に見せた。クリスティーナは当時まだ、
16歳だったが、ヘンリー8世はすでに47歳。クリスティーナが
それまでの王妃達の死因を不安がったり、デンマークは
カトリックとのこともあったので、結局、結婚不成立となった。
その後、ロレーヌ公フランソワと結婚したため、この肖像画を
見ないまま、ロレーヌ公亡き後も45年間寂しい平穏な未亡人
生活を送った。
『Christina of Denmark』
Duchess of Milan 1538
Hans HOLBEIN
ここからは違う資料から引用いたしました。
4. Anne of Cleves (1515-1557)

Portrait of Anne of Cleves
c. 1539 Hans HOLBEIN
Parchment mounted on canvas, 65 x 48 cm
Musée du Louvre, Paris
クレーフェ公ヨハン3世の娘で、結婚後6ヶ月で離婚した。
5.Catherine Howard (1521?-1542)
Portrait of Catherine Howard
1540-41 Hans HOLBEIN
Oil on wood, 74 x 51 cm
Toledo Museum of Art, Toledo, Ohio
2番目の王妃アン・ブーリンの従姉妹で、
結婚1年半後に反逆罪として王の命令で
処刑された。
6. Catherine Parr (1512?-1548)
国王最後の妻で、教養も高かったので、エドワード、
メアリー、エリザベスの養育を任された。王が先に
死んだため、前妻たちのように悲惨な最期を遂げる
ことがなかった唯一の王妃である。
と、上記のように一人の権力者によって翻弄された女性達
も気の毒ですが、当時の王も自分勝手に好きな女性と結婚
できなかったことも悲劇の始まりですね。それにしても毒殺
やら処刑をしてしまうなんて、やっぱり酷すぎますね!
王女クリステーナは拒否をして正解でした。
まだまだ、面白い話が満載なので、どこかでこちらの本を
入手できたら絵画や歴史のお好きな方にはたまらない一冊
となるでしょう!! お薦めです☆☆☆☆☆
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