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2006/02/17

「ハイチ革命の栄光と悲惨」 - ルネ・ドゥペストル氏講演 (ラジオ講座)

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      『History of Black People』
      
   ジャン=ミッシェル・バスキア
           (淀川氏のパスキア論)

平日もできたら仕事帰りに1,2回はどこか
美術館かフランス語を習いたいと思うのですが、
今週から来月初旬までとても忙しくて・・・。いろ
いろと講演会や勉強会にも参加できなくて辛い
所ですが、週末まであと一日!頑張りましょう!

お昼休みに、「NHKラジオ フランス語講座」の
1月号を読んでいると応用編の方で、興味深い
内容のテキストが書かれていました。もちろん、
応用編ですから(入門編でも)日本語しかわから
ないのですが、いつも後半の日本語訳ばかり
読んでしまいます(^_^;) 今回、講演の内容が
2か月分まとまって掲載しておりまして、題名は、

~最初の黒人共和国ハイチの誕生~
「ハイチ革命の栄光と悲惨」
 ルネ・ドゥペストル氏の講演から 

haitimap

7,8年前、知り合いの人がアメリカ人男性と
結婚され、ハイチに新婚旅行へ行って、現地
のホテルなどでサービスしてくれる現地の若い
人たちがとても暗い表情をしていた、と明るい
南国の島なのにどうしてかしら?と思ったそう
ですが、私もそのときはよく分かりませんでしたが
このドゥペストル氏のお話を読んでいてハイチの
歴史が大変良くわかりました。今日もフランス語の
クラスへ行けなかったので、単語レベルだけでも
概略に書き加えていきたいと思います。

ルネ・ドゥペストル氏は1926年、ハイチ共和国に
生まれた詩人・小説家・エッセイストです。2004年
は、氏の祖国ハイチが世界で最初の黒人共和国
として独立して200周年目の節目にあたる年です。
これは東京日仏会館で行った講演を録音したもの
だそうです。概要だけ追ってみたいと思います。

+++

17世紀にフランスの植民地サン=ドマングとして
スタートしたハイチは、フランス革命が起こって
旧体制が崩壊すると、新しく樹立された共和国
の理念(基本的人権)が植民地においても適応
されるよう要求してたちあがります。そのとき
現れたのが黒人の将軍トゥッサン・ルーヴェル
チュールです。長い戦いの後、1804年に世界
史上初めての黒人共和国が実現します。

 insurrection  反乱、蜂起
  humanite'   人類
  esclavage   奴隷制度
  affranchi   解放された、解放奴隷(n)
  homme exceptionnel  傑出した男
  e've'nementhistorique 歴史的事件

1794年2月の国民公会ではグレゴワール神父、
ロベスピエール、コンドルセ、マラー、サン=ジュスト
といった人々が奴隷解放を支持しました。しかし、
やがて台頭してきたナポレオンがすべてをひっくり
返したのです。

 Convention nationale (1792-1795) 国民公会
  gouverneur (植民地の)総督
  libe'rateru 解放者
  pre'juge'  偏見
 l’Assemble'e nationale  国民議会
  liberte' d'expression    表現の自由

ナポレオンによって捕らえられたトゥッサン・
ルーヴェルチュールはヨーロッパまで連れて
こられ、ジュラ山中のジュー要塞の囚人と
して1803年4月7日に生涯を閉じます。しかし
彼の遺志はデサリーヌ、ペティオン、クリストフ
といったかつて部下だった将軍達に受け継がれ、
サン=ドマングは1804年1月1日独立してハイチ
という名前に変わります。    

 de'porter       強制収容所へ送る
  rigueur      厳しさ; 厳しい状況 (態度)
  avoir raison de.. ・・・に打ち勝つ
  chagrin      悲しみ、 悲嘆
  capitulation      降伏
  soule'vement   蜂起
  impitoyable    過酷な、容赦ない

ハイチには大別して「白人」「混血種」「黒人」
という三つの社会構成グループが存在し、
それぞれの間で確執があり、戦いがありました。
「混血種」というカテゴリーは、皮膚の色の微妙
なニュアンスにより、実に沢山の名称が存在し
細分化されています。そこにハイチ社会独特
の様相があり、革命にも影を落としているの
です。

  mula^tre   ムラート: 白人男性と黒人女性間に
                                生まれた子
    me'tis   メティス:  白人男性とカルテロン
                                (=白人男性とムラート女性の子)
              女性との間に生まれた子
    e'pidermique 皮膚の、肌の色の
    octavon    黒人の血が1/8の混血種
    quarteron   カルテロン: 黒人の血が1/4の混血種
    mameluk    マムルーク: 白人男性とメティス女性
                   との間に生まれた子
    marabout   カルテロン男性と白人女性との間に
                       生まれた子
    sacatra    黒人男性とグリフォン (=黒人とムラート
                       との子)女性との間に生まれた子

世界史の流れに逆らうかのようにして独立を達成した
ハイチは、20世紀後半になって植民地解体が現実の
ものになったとき、その先駆性をもてはやされましたが、
独立革命200周年を迎えた今日なお低迷を続け、800万人
に及ぶ国民は政情不安と貧窮にあえいでいます。


 de'tresse    悲嘆、苦悩;困窮、 窮乏
   male'fique 不吉な
   de'sastre  災難; 破綻
   naufrage  難破; 破滅的事態

ドゥペストル氏はフランス政府の要請で、2004年5月、
45年ぶりの里帰りを果たします。滞在は24時間という
ごく短いものでしたが、祖国の無惨な変貌、目を覆わん
ばかりの窮乏に唖然とします。

 aggravation  悪化
  ordure    ごみ、汚物
  e'preuve   試練
  a' vie     一生、終身

長くなりました。。ハイチという国が初めて独立した
黒人共和国でその後も人種間の違い(肌の色)から
なかなか政策も統一せず、内戦が続いて貧困状態
から脱していないなど。。あまり知らずにおりました。
上記のように、新婚旅行へ行った友人が現地の
人たちがなにか屈折した感じでいたのが印象に
残ったそうです、それもこのように200年の複雑な
長い歴史があったようですね。

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コメント

Juliaさん
バスキアの画に惹かれて、ハイチの話を読みました。知らないことばかりでした。バスキアは映画にもなったのですね。
バスキアの画は97年11月に、今はなき三越美術館の「バスキア展」でまとめて見ました。
カルチャーショックを受けて書いたわけの分からぬレポは↓
http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/Children2.htm#Basq
それから、昨年ご一緒した「ベルギーの美」の直前に府中市美術館であった「ホットニー美術館展」で日本のタバコが描かれた画を観ました。これはエンジョイできました。年の功?↓
http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/Children051.htm#050909

投稿: とら | 2006/02/17 23:57

とらさん

コメントありがとうございました。
また、バスキアについて記事を書きましたので、文中内でとらさんの記事へリンクを張らせていただきました。

バスキアの絵は最初観たら拒絶反応ですが、良く観るとクレーやスタールやピカソなどが見えてきて大変面白いです。

それにしても三越さんがバスキア展を開催していたなんて、すごく驚きですがそれだけ美術の目利きさんがいらしたのでしょうね!
カッコイイです!!

投稿: Julia | 2006/02/18 11:11

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