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2006年2月

2006/02/28

2回目 「パウル・クレー展 -線と色彩-」 No.4

先週から仕事が忙しかったのですが、今日で
クレー展も最終日ということで、早退させて
いただき、ダッシュで大丸デパートまで駆け
つけて行きました。

  「パウル・クレー展 -線と色彩-」

  chirashi

 やはり無理しても最後にもう一度 (一度目
  観てよかったです!! 最初と展示作品が
  違うのかしら?と思うほど、二度目なのに
 また新たな目で観ることができるほど新鮮に
 感じました。

 今回は図録というより、ベルン「パウル・クレー・
  センター」開館記念として、下記の本が発売されて
  いましたので、今回はこちらからの図版も紹介
  したいと思います。ただ、少し色が悪くて残念でした。

  artbox
     「クレー ART BOX 線と色彩

      

      room
            『我が小部屋』  1896

   こちらの作品は展覧会には出展していませんが、
     本に掲載されていまして、ペンと鉛筆でクレーの
     部屋をスケッチしたようで素敵ですよね!

      -*-*-

   line 
   『ミュンヘン郊外、オーバーヴィーゼン練習場近くの家々』
                          1910

   最初の「線」の所に展示してありまして、水平線に
     続く広大な平野と道路がとても活き活きとした線で
     描かれていて、色が浮かんでくるかのように
     ダイナミックでしたね!

    奥さんのリリーと結婚したのが、1906年でしたから、
     小さな息子さんを連れてお散歩がてら郊外で描いて
     いたようです。なんとなく平和な雰囲気が伝わって伸び
     やかで柔らかな線の絵だと思いました。

 
       north
              『北海の絵』 1923

  最初に観た時、ピカッと光るほど頂点までがシャープ
    な線で、色彩ももっと透明感がありずっと神秘的です。
    前回、展示してあったでしょうか? ズート観ていると
    北海に吸い込まれて行きそうでした。この絵の前で
    吸い込まれそうに佇んでいる人達が何人もいました。
    宗教的な感じがするほど何もないのに、ものすごい
    吸引力がありました。 自然に涙が出るほどでした。

   
    snow
              『雪の降る前』 1929

   こちらの作品も出展されていませんが、クレーらしい
   美しい色彩で豪華で動き出しそうなお花ですね!
     雪の降る前なのに、燃え上がりそうな激しい色合い
     なのは何なのでしょうか?不思議ですがクレーを
     激するものが何かあったのか~?それとも雪の降る
     前の大気の変化を表したかったのでしょうか~?

    上記の本に、谷川俊太郎氏の詩がこの絵の横に
      掲載されていました。


       『雪の降る前』

     かみはしろ
          かみはゆき
          かみはふゆ
          えかきはたいよう
          ゆきをとかす

         えかきははる
         みどりをぬる
           えかきはなつ
                     あおをぬる
           えかきはあき
          あかをぬる
          そしてまたいつのまにかーーー

               えかきはたってる
         あたらしきかみの
               ゆきのちへいに

-------


最終日なので混雑しておりましたが、
クレーの作品とじっくりと対峙して名残
惜しんでいるような鑑賞者の方たちから
ちょっと悲哀を感じる最終日でした。
クレーの天才性が二度目にはっきりと
感じることができて良かったです。   

☆ Paul Klee Series (拙記事

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2006/02/25

歌劇『トゥーランドット』で華麗に舞う荒川静香選手 - Gold Medalist

 shizuka   photo by 時事通信 
                     
                

荒川選手の優勝とエキシビションの映像が朝から
テレビで放映されていて、美しく安定した舞いに
今日は一日中、魅了されておりました。エキジビション
は荒川選手のオリジナルだったと、mixiのすたさんが
書かれていました。のびのびとしたすべりにあの優雅な
イナバウアーを再度、拝見できて素晴しかったですね!


また、以下のページでも映像 (動画)をご覧いただけます。

Shizuka ARAKAWA - Olympics 2006 FS Gold Medal

2006 Torino Olympics Exhibition Gala Shizuka Arakawa

イタリアの全スポーツ紙の一面を飾った女子フィギュア
ですが、日本人の女性が優勝したことが海外の新聞
に掲載されるなんてとても嬉しいことですよね!!
「パラベラの氷が新たな女神を生んだ。日本語を話す
東洋の女神だ」 そして、「彼女はまるで(北斎が描く)

日本のタンチョウのように優雅だ。」と「ガゼッタ・デロ・
スポルト」のスポーツ紙一面に賞賛されていたようです
(読売新聞)。

荒川選手がオリンピック会場に着いてから、空いた時間
にはストレッチをし、内面をコントロールする精神力も
ついてきて、とにかく自分のスケートをしよう!と心
を落ち着かせていたようですね。

実は、わが愚娘も彼女と同じ歳で、同じ身長です。
私と違って、娘は細くてやっぱり手足が長いです。
きっとこの年齢辺りからぐっと日本人のスタイルが
変わってきたのかもしれません。
娘もこれまでは結構、
パンを造る仕事で、早朝or夜中と男性並みの仕事を
こなしてきまして、ここの所、ようやくシェフに認められ
自信も少しついてきたようです。きっと今まで体も大人
に成長して行く上で、心もそれに伴い揺れ動いていた
のが、体のほうもしっかりとしていつまでも若いばっかり
ではない、と後輩の10代のアルバイトの女の子達を見て
いても頑張らねばと自覚してきたのかもしれません。
オリンピック選手と比較するなんて申し訳ないのですが、
ふと同じ年頃に育った二人の心身の成長に思いをはせました。

小さい頃から天才スケーターとして育て来たご両親も
普通のお家のようには行かなかったでしょうから、
ご両親にも金メダルを同じ位差し上げたいですね。

~~~~~~~

   
   opera 
         The Metropolitan Opera
      taken by Julia on Feb. 11, 2005

優勝した時に荒川選手が選んだ曲は『トゥーランドット』
ですが、昨年NYへ行ったときに、メトロポリタン・オペラ
でそのオペラを観劇したのを思い出しました。ただ、
着いた当日の夜に観に行きましたので、私はほとんど
夢の中で、しかも一番大事な第3幕のアリア部分で引き
上げてしまったことを今にして思えば後悔しています。
あまり感想らしいことは書いておりませんが、劇場と舞台
が素敵だったことは本当に印象強く残っています。
いろいろとその歌劇について詳しく説明しているページに
リンクしてありますので、よろしかったらご覧くださいませ↓


  The Metropolitan Opera - 歌劇『トゥーランドット

  met002
     正面玄関前は噴水とオペラ・ハウス
      の輝く光で幻想的です。

  プッチーニ作曲の『トーランドット』の甘美な曲に
 乗って氷上の舞姫となった荒川静香さん。
  一番、好きな曲を選択されたことで美しいスケート
  を見せてくださって、ありがとうございます!!

 そして、心より金メダルを獲得されたことを日本より
  お喜び申し上げます。

続きを読む "歌劇『トゥーランドット』で華麗に舞う荒川静香選手 - Gold Medalist"

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2006/02/23

de la Rose...

 娘が表参道ヒルズへ行って、薔薇のお店
 「
de la Rose... で薔薇のソープを見つけて
 プレゼントしてくれましたぁ~(^u^)

  rose
             "SWEET ROSE"

  "Sentez et resentez le pouvoir de la Rose..."
      (感じて、もっと感じて薔薇の力を・・・)

***

     liverty
        ”Statue of  Liberty" (replica)
                                 Feb. 21, 2006

    今日はお台場まで Vessel Tour しました。
    Decksの中から出て突然、女神様が
      正面に現れたときには結構ドキッと!
       しますね~☆☆

        statue
                   Taken by Julia in Feb., 2005

      NYの女神様も見たくなってつい~☆
             アメリカ独立記念100周年にフランスから
       プレゼントされた女神様なので、さすがに
       威風堂々としていますねぇ~♪
 

  ☆コメント&TBのお返しは少々遅れますので
        申し訳御座いませんm(*- -*)m
 

      

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2006/02/22

☆ JAZZ & BAR Tour at Ginza ☆

昨夜は会社のお客さんの歓迎パーティを
した後に、通訳のマユリンさんがいらした
こともあり、彼女の華やかな雰囲気に
課内のアート友人T氏も 「もう一軒?」
と仲のよい人たちをお誘いして素敵な
お店に2軒も連れて行って頂きました!!

あんまり素敵なので、ご紹介いたします。

一軒目は、古いBARで名前がイカシして
います

     Bar Lupin
                         lupin

昔噺「銀座・ルパン」:


 銀座・ルパンは、1928年(昭和3年)に開店致しました。 
開店に当っては、里見弴・泉鏡花・菊池寛・久米正雄と
いった文豪の方々のご支援を頂きました。
そのお蔭で、永井荷風・直木三十五・武田麟太郎・
川端康成・大佛次郎・林芙美子と言った文壇の方々、
藤島武二・藤田嗣治・有島生馬・安井曽太郎・
岩田専太郎・東郷青児・岡本太郎と言った画壇の
方々や、 古川緑波・小山内薫・宇野重吉・滝沢修などの
演劇界の方々も常連でした。

           lepain

      最初は小さな個室に通されて、天井がこのように
      船室のよう!でした。古くから文芸家が常連さん
      だったのもうなずけるほど、落ち着いたBarでした。
      お薦めのモスコー・ミュールは大人の味
わいが
      しました(*^-゚)♪

   それから、お店を出るとJAZZでも聞きに行くか!と
       T氏が新橋よりの方にどんどん先導して歩いていかれ、
       House of Shiseidoも通過していきますと、看板が出て
       いました。今日の出演者は、「水森亜土さん」と書かれて
       いてw(゜o゜)w wワォって感じで入っていきました。

   そのお店は、

          GINZA CYGNUS

    ada

    生のジャズはそれこそハーレム以来
       だったので、もう入る早々、みんなで
         ノリノリ~(*'ー'*)♪ 

   adsan  adsign

   亜土さんの直筆サインをしていただいたり
       マユリンさんとご一緒に記念撮影していた
       だきました。

     このように一人ひとりに可愛らしいイラストを
       描いてくれて本当に感激でした!!

    pianist_takahama

  抜群の腕前のピアニスト、高浜和英氏。
   休憩中、私たちの席にご一緒に座ってお話を
   していただきました。手を見せていただくと
   普通のサイズでそれほど大きくないのですが
   柔らかくて「ここから音楽を自然に弾いてしまう
   のです。」と手が勝手に動いてしまうなど、と
   気さくにお話くださいました。今度のアルバムの
   ジャケットもご自分で素敵な絵を描かれています。
   なんとなくムンクを彷彿させるかのようで素晴しい
   です。お料理も包丁から研いでからお作りになる
   そうですからなんでも本格的なアーティストさん
   ですね!

  goodseason 
   
"GOOD SEASON"
    
Kazuhide Takahama
       

  HPをお持ちですが、中でも「欧州旅日記」に
   掲載されているお写真がまるで絵のように
   美しいので、先日、オランダ風景画から
   バルビゾン派の画家達は学んだ、と
井出先生
   の講座で教わったばかりでしたので、そのような
   実際の写真が掲載されているのでぜひ、ご覧くだ
   さいませ。美術館巡りもされていらして、こちらの
   旅行記はヨーロッパの音楽と絵画が楽しめます。

  歌も大変上手なので、亜土さんのコミカルで
   魅力的なステージと高橋氏の流れるようなピアノ
   タッチと歌唱力、そしてウッドベースとドラムが
   合わさると、素晴しい演奏を聴くことができて、本当
   に夢のような一夜を過ごせました~☆

  musical 
    銀座博品館でも4/13~23まで
    「さらばロマンスの日々」という
    ミュージカル 悲しい笑劇の
    舞台があるようですね!

  亜土さんの絵は、周りの人たちを明るくして
    くれますよね!ステージでもとても幸せそうに
    歌っていらっしゃいました。高橋氏とよくいろいろ
    なところでライブもされるようですので、たまには
    このように生の音を直に触れてみるのもいいこと
    ですね!!Please check→ ライブ・スケジュール

  マユリンさんともヴェネチアのことについて話すことが
    でき、日中もご一緒に見学ツアーもできて良かったです!
    また、金曜日もよろしくお願いいたします~♪
  T氏と皆様も素敵なGinza Night Tourをご一緒に
    ありがとう御座いました~♡~♬♬

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2006/02/20

モネの描くヴェネチアへいつか~☆

先日の印象派展では、モネが描いたヴェネツィアの
絵がとてもきれいでしたので、ヴェネツィアに行って
みたい!という気持ちが強まっております。
もう一点、美しい図版がありましたので、ご紹介します。

   santamaria  
       『Santa Maria della Salute et le Grand
                          Canal, Venise』  Monet/1908

      1982年「モネ展」の図録から。。
      1908年10月中、モネ夫妻はヴェネツィアの
      大運河に面したホテル・ブリタニアに部屋を
      借りて、本作品は、多分そのホテルの彼の
      部屋の窓から眺めた光景を描いたもので
      ある。モネは、「水の上に突き出た杭の列
      を通して見た、この地独特の素晴しい景色」
      を見事に描きだす術を心得ていた。


   綺麗ですね~♪ モネの色彩に心を奪われます。

   venetia
    『Riva degli Schiavoni: Looking East』
               
 Canaletto   1730

      こちらのカレットの絵を観たのは、昨年、池上
      先生との鑑賞会「
ミラノ展」でした。実際は
      もっと明るい色彩で透明感があります。まるで
      写真のように精密に描いていていますが、
      「ヴェネチアに行くとこのままの通りなんだ!」
   と皆さんが口々に仰っていましたが、全くこの
      描いた当時と変わらない水の都、ヴェネチアへ
      訪れてみたくなります~♪

   ======

       明日もお仕事でお会いするマユリンさんが
       ヴェネチアのカーニバルと風景のお写真を
       以前に送っていただいたのですが、本当に
       色彩がなにか夢の中の世界ですよね~☆

   venetian_carnival

              ventian_carnival  

  isl_bullano

 =====

   そして、息子が春休みなので夜はよくビデオを
   借りて見ておりますが、昨夜はレイ・チャールズの
   「
Ray」を見ていたので、音楽もいいこともあって
   ついのめりこんで私も見てしまいました。昨年は、
  劇場で見たので、その
感想を読み返してみました。 
 
   弟が樽の中で溺れ死んでしまったことを彼が助け
   られなくて罪悪心から心を病み、緑内障を併発して
   わずか七歳で失明してしまったことに今回は強く
   印象に残りました。
  息子が言うには、戦争でも親が目の前で殺されて
   しまうとショックで子供が失明したりするよ!と
   教えてくれたのですが、何か大きなショックで失明
   まで至ってしまうことは心の目が閉じてしまう、と
   いうことなのでしょうね。。。

 私も仕事とこうやって夜中までいつもPCを使って
  いるので、目が弱るのも早いかと思いますが、
  まだ目の黒い内にヴェネチアの美しい世界を
  観に行ってみたいという気持ちがそのDVDをみても
  感じたりしております。人間の得る情報は、50%が
  眼からだそうですが、これほどいつも絵が好きなの
  ですから、もし失明したらと思うと・・・想像にも絶し
  ます。。絶対この先にないとは限りないのですから
  目を大切にできるだけ多くの絵を観ておきたいと
  思います!!  

   

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2006/02/19

ポーラ美術館の印象派コレクション展 -鑑賞会No.4

アインシュタイン展」を観終わってから渋谷の
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の

 『渋谷で出会う
    
ポーラ美術館の印象派コレクション展

をミズシーさんの印象派オフ会の人たちと
以前からブログではお知り合いで想像では
もう少し渋めの方と思っておりましたら、スラーと
素敵なlysanderさん
(レポート)とご常連のとらさん
レポート)が埼玉の「ベン・シャーン展」をご覧に
なった後、こちらまでご参加くださいました。

前回(1/19)はとても寒い日で大雨の中、Bunkamura
にたどり着いた時はホッとしまして、空いていたことも
あり、ゆっくりと鑑賞できたのですが、今回はチケット
売場からも結構な人達が並んでいたので、混雑して
おりました。

それでも、ミズシーさんがとても丁寧に解説されて
いらしたので、みなさんじっくりと鑑賞されている
ご様子でした。私ととらさんは相変わらず二人で
おしゃべりしたり、椅子に座ったりと少しばかり
皆さんと離れてしまって申し訳なかったのですが
以下に、今回、印象に残った絵を図版とともに
ご紹介いたします。

第2章 モネの印象派と点描派

モネの部屋が変わってしまったのは、『睡蓮の池』
が今回は外されてしまったようですね。でも、モネ
は何度、観ても素晴しい!

  arurukan
   『セーヌ河の日没、冬』  1880
    クロード・モネ

  とらさんもミズシーさんもこちらの絵が
    素晴しい!と仰っていました。
    モネの最初の奥さん、カミーユが亡くな
    った後に、モネが大変気落ちして、暫く
    絵を描けなかったのですが、この絵を
    描くことでようやく再出発しよう!と自分
    を奮い立たせた、という解説が書かれて
    いましたが、本当にその時の心情が乗り
    移っているように寂しくもあり未来に向かう
    べき太陽の輝きにそれが感じられました。
  夕焼けが水に赤々と写しこんでいるところ
    も、これから再起しなければ!とモネの心
    を映しとっているかのようです。

  salute
    『サンタ・サルーテ運河』 ヴェネチア
    1908年

  前回にもまして、こちらの運河の絵が大変
    情熱的に描かれているのを感じて、とらさんと
    二人でしばし魅入っておりました。ミズシーさん
    もこちらの運河がヴェネチアらしい。。と、
    三人ではっきりとしなかったのですが古い図録
    (モネ展/1982/西美)で調べてみたら、これは
   ヴェネチアだ!ということが分かりました。
   以下、解説から抜粋です。

  モネ夫妻は、1908年9月から12月にかけて、
     初めてヴェネチアを訪れました。モネは
     ヴェネチアに到着するや、その地の清澄な
    光に魅惑されその感激をただちに友人に
    こう伝えているーー
     「若い頃にこの地を訪れなかったのは、
      なんと残念なことであろう。まだ僕が充分
      冒険心に満ち大胆であった頃に」。

  ヴェネチアでの魅惑に満ちた滞在中、モネは
   サンタ・サルーテ運河沿いの古い館とそこに
   かかる橋に向かって画架を立ててこの絵を
    描いた。

     シニャックが1912年にパリのベルネーム=ジュヌ
     画廊で開かれたモネのヴェネチア風景画の
     展覧会を訪れた後、モネに賛美の手紙を送って
     います。
   「今回のあなたの<ヴェネチア風景>の前に
       立って、満ち足りた力強い感動を覚えました。」

   
           azami
      『ロワン河畔、朝』 1891
              アルフレッド・シスレー

  やっぱり2月も後半になると明るい日差しが
    恋しくなるのか明るい絵に吸い込まれますね!
    空が大変広く明るくて、それが河の水に反映
    されてかなり遠くから離れていてもこの明るい
    空間が眩しいほどでした。昨年見たフィリップス・
    コレクション展でのシスレーの『ルーヴシェンヌの雪』
    では、多くの人が感激したのですが、シスレーが
    英国人というのもあるでしょうか?少し抑えた詩的
    な静かな風景画が日本人の琴線に触れるようです。

第3章 セザンヌとポスト印象派

  cezanne
    
《アルルカン》
   
 ポール・セザポール・セザンヌ
    1888年~1890年


 セザンヌの肖像画って
いつもどーんと
   座っていて大きめの人物が多いのですが
   このように全身(それでも頭とつま先が切れ
   ている)を描いているのを観るのは珍しく
   感じてしまうほど、セザンヌにしては構図的
   に異色の作品ですよね~?
 
  
黒と赤のダイヤ柄もはっきりとしていてモダン
    な感じですね!
   「壁の色もちょっと暗くしていいですね。」と
   とらさんがおっしゃっていましたが、バックまで
   目が行かなかったので、さすが長年、絵を観て
   きた方には教わることが多いです。

   azami_gogh        
          《アザミの花》
            フィンセント・ファン・ゴッホ
            1890年


   今回、一番衝撃的だったのは、ゴッホの
  《アザミの花》です。とらさんとミズシーさん
  とで3人でバックの色がなんとも言えず、美しい
  色彩だと褒め称え合いました。この色が何色か?
  ということでだいぶ考えたのですが答えがでません。
  ゴッホの色使いの天才性がわかる名品ですね!
    最晩年に描いたということですが、その頃の人達は
    絵を観る目がなかったのでしょうか?このような
    美しい絵が目の前にあったら飛びつくでしょうに!
   

 ポーラの印象派展を2回も観ることができて幸せでした。
  この後、いつものイタリアンのお店でお食事とワインを
  少々嗜んで参りました。韓国人の女性もmixiからご参加
  下さって、スーラの絵が「あんなに点ばかりで描くのは
  大変な作業だ。」ととても感心されていらっしゃいました。
  ヨン様やチェジウの裏話も聞けて楽しいひと時を過ごす
  ことができました。ミズシーさんはその後、急にいらっしゃる
  方をお待ちするとか・・・本当にお優しい方で頭が下がる
  思いでした。皆様、ご参加いただきまして、ありがとう御座い
  ました。 来月は、カリエール(西美)かプラド展(東美)を
  予定しております。また、後ほど予定をアップいたします。

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特別展 アインシュタイン 日本見聞録 - 鑑賞会 No.4

昨日は、mixiの印象派コミュでリーダーのミズシー
さんご主催のオフ会があるというので、私もそれに
便乗して自分の鑑賞会を渋谷のBunkamuraで開催
しました。

その前に、アイシュタイン展のチケットを2枚、入手
していたこともあり、科学がお好きなNikkiさん(
記事
とご一緒に、有楽町にある相田みつを美術館
第2ホールで開催中の


 特別展 アインシュタイン 日本見聞録

    einposter

を観て参りましたので、そちらの方からレポを書いて
見たいと思います。

  einnstein
     会場前にはアインシュタインの伝記が
              掲載されています。

 受付で「本日に限り、 音声ガイドをお貸しします。」
  とお借りできたので、アインシュタインの人間性に
  ついてもよく分かってよかったです。

       ein 
               アルベルト・アインシュタインの肖像、1922
       
ルル・アルベルト・ラザード(1891) 
             
アインシュタインの署名入り(私蔵、スイス)
                Photo credit © Harry C. Kane, Berlin
  

 
素敵な素描の絵葉書を見つけたので購入しました。
  とても研究に没頭されていた頃のアインシュタインの
  いいお顔が描かれていて、彼の風貌が多くの人達
  から愛されていたのが分かります。

 音声ガイドが10項目あるように、1922年11月17日
  に船で神戸港から降りたときから、12月29日門司港
  から離岸するまでの約6週間に亘る日本での滞在を
  各パート毎に分けて、小さな展示室や映写室などで
  区切られて展示してありました。また、壁一面に当時
  の写真とアインシュタインがどのような講義をしたか
  とか日本人の盛大な歓待降りが細かく書かれていて、
  普通の展覧会とは少々違って、異色な感じがしました。

 それでも、当時の日本の様子が名古屋から東京まで
  列車からの車窓を写した映写や東京駅まで歓待して
  きた大勢の人たちの写真や音声などからも100年前の
  日本の様子が伺えます。当時は線路の周りはほとんど
  家がなくて森林と山ばかりでのんびりとしていたようです。

 アインシュタインは、日本人の芸術性の高さ、特に
  浮世絵が素晴しいと感激したようです。それに
  回りの人たちを気遣い和を尊重して暮す態度に
  個人的な主張をする欧米人が孤立して生きるのに
  対して、とても家族的で暖かい国民性である、とその
  短い滞在の間に見抜いているようでした。

 何度か開催されている講演会も連日、超満員の入りで
  日本人が天才科学者の講義に胸をワクワクさせて
  聞き入っている様子が伝わりました。

 それでも、ユダヤ人であるが故にドイツのナチに対する
  反発など政治的なことで大変苦労された一生のようです。
  研究に没頭するあまり最初の奥さんとの結婚生活も上手
  くいかなかったようですが、さらに2番目の奥さんと結婚
  され最後はアメリカに亡命するように、祖国を離れなけれ
  ならなかったようです。彼は、自分はコスモポリタンであって
  何人という枠を超えた存在である、と主張していたようです
  が、第一次、第2次大戦と続いてユダヤ人として生き抜いた
  ことは科学という研究があったとはいえ強靭な精神力が
  必要だったのでは、と少し見学しただけですが、それが
  一番考えさせられる点でした。

 アインシュタインの研究した相対性理論については、
  光の飛ぶ電磁波や量子力学と言った専門的なことは、
  あまり展示されていなくて、渋谷に向かう地下鉄の中で
  Nikkiさんにお聞きしたのですが、光の速度について発見
  したと教えていただきましたが、私の理解力が着いて
  いかなくて申し訳ありません。でも、きちんと分かる人の
  方が少ないらしいのですが、もう少しその辺も解明できる
  展示があったら、と思いました。

 このように、日本では一時、歓待されたアインシュタイン
  でしたが、アメリカで研究することになり原爆の開発に
  寄与してしまった結果があのような結末を迎えることに
  なってしまって残念です。ただ、それもドイツと戦える用に
  するためで、戦争反対運動にもそれから大いに携わって
  いたようですが、晩年は妻にも先立たれ一人孤独に研究
  のうちに亡くなられたそうです。

  原爆のことは何も書かれていませんでしたが、確かそう
  だったのでは?と少し自分でも調べてみたら、やはり
  アインシュタインやユダヤ系の亡命した科学者達に
  米国では秘密裏に研究をさせていたそうですね。戦争に
  悪用される科学ではなく平和に利用される科学という
  ものを提唱してはいたそうですが、悲しい事実がありました。

 いろいろなことを考えさせられる科学展でした。
 この後、渋谷へと向かいました。また、後ほどそちらの
  レポートも書きます。

 ☆アイシュタインについて大変詳しく書かれているHPを
     発見しました→「アインシュタインの生涯」 
     

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2006/02/18

ジャン=ミッシェル・バスキア - 激しい表現主義

 Fa304m
  『Worthy Constituants 1986』
  Jean-Michel Basquiat

  先日、ハイチの歴史についての拙記事内で、
 ジャン=ミッシェル・バスキアの絵をご紹介しましたが、
 今回もDVDや書籍などを少しお知らせしたいと思います。
  拙記事との関係は、バスキアの父親がハイチ人という
  ことだけですが、何かそのハイチの魂が彼の絵に宿って
  いるような気がするほど激しくて豪放で精一杯、表現しよう
  としている所に惹かれます。

  確かに、私はきれいな写実画も好きなのですが、
  このように感情を表に出し自己の表現をするところに
  アートの醍醐味もあると思います。
  残念なのは日本人の描くこのような抽象的な絵画は
  色があまり美しくなくてどれもパスしたくなるのが多い
  のですが、外国の画家が描く色合いというのは叫ん
  でいてもとても配色がきれいに感じます。一見すると
  拒否反応を起こしてしまうよな絵でもこうやって少し
  お付き合いをすると中々、味わいを感じてバスキアの
  遠いルーツまで模索できるのを面白く感じてきます。

 まずは、とらさんがコメントで、「バスキア展」が、
  1997年11月に、元三越美術館(新宿)で開催
  されていたことや、府中市美術館であった
  「ホットニー美術館展」で日本のタバコが描かれた画
  をご覧になったと教えてくださいました。

 また、「Silver's Bookshelf」さんのブログでも
  バスキアについてご紹介されています。

 book_basq
  バスキア」    角川文庫
   税込価格 546円
   Jean‐Michel Basquiat (原著), 日比野 克彦

  Silverさんもご紹介されていますが、一応
     画集らしいのですが、525円っていう値は
     破格ですね~♪

   

  downtown 
  「DOWNTOWN 81   

   内容(「Oricon GE」データベースより)
   若くして夭逝した伝説の画家“ジャン・ミシェル・バスキア”
       の唯一の主演映画が待望のDVD化!

   内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
    80年代NYを駆け抜けた夭折のグラフィティ・アーティスト、
        ジャン・ミシェル・バスキア。ウォーホールに見出される
        直前の彼が自身の役を演じた81年の幻の映画がDVD化。
        “NO NEW YORK”時代の空気を真空パックした内容である。
        それが2001年発掘され、映画・サントラともに大いに話題を
        呼んだ。キッド・クレオール&ザ・ココナッツ(最高!)、
        プラスチックス、アート・リンゼイのDNAなどの貴重なライヴ
        映像は電撃ショック的。バスキア自身から漂う感覚を活か
        したストーリー作りもオフビートでいい。
         (松永良平) --- 2002年02月号

                   nasquia81

 息子の部屋ではいつもヒップホップ系CDやDVDや
  レゲエの音楽を見聞きしているので、ブラック系の
  アートは私も入りやすいのかもしれません。

 jean-micheal_basquiat
     無題
   1984年

  この絵は強烈ですね!何か人間と文明社会と
   自然の関係を暗示しているのかもしれませんが
   近代アートってクレーにしてもそうでしたが、こちら
   に考えさせる絵が多いのですが、そうして観客と
   一体になってアートに触れて欲しいかのようです。

 今日はこれから、アインシュタイン展と印象派展を
  観に行くのですが、また彼のようなストリート・アート
  とどのような関連性(別にないかな?)があるかも
  ちょっと頭の隅に置きながら、アート好きな皆様と
  楽しんで参りたいと思います。

 図版などは、ARTPOSTERSさんから一部拝借しました。

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2006/02/17

「ハイチ革命の栄光と悲惨」 - ルネ・ドゥペストル氏講演 (ラジオ講座)

img10551112328
      『History of Black People』
      
   ジャン=ミッシェル・バスキア
           (淀川氏のパスキア論)

平日もできたら仕事帰りに1,2回はどこか
美術館かフランス語を習いたいと思うのですが、
今週から来月初旬までとても忙しくて・・・。いろ
いろと講演会や勉強会にも参加できなくて辛い
所ですが、週末まであと一日!頑張りましょう!

お昼休みに、「NHKラジオ フランス語講座」の
1月号を読んでいると応用編の方で、興味深い
内容のテキストが書かれていました。もちろん、
応用編ですから(入門編でも)日本語しかわから
ないのですが、いつも後半の日本語訳ばかり
読んでしまいます(^_^;) 今回、講演の内容が
2か月分まとまって掲載しておりまして、題名は、

~最初の黒人共和国ハイチの誕生~
「ハイチ革命の栄光と悲惨」
 ルネ・ドゥペストル氏の講演から 

haitimap

7,8年前、知り合いの人がアメリカ人男性と
結婚され、ハイチに新婚旅行へ行って、現地
のホテルなどでサービスしてくれる現地の若い
人たちがとても暗い表情をしていた、と明るい
南国の島なのにどうしてかしら?と思ったそう
ですが、私もそのときはよく分かりませんでしたが
このドゥペストル氏のお話を読んでいてハイチの
歴史が大変良くわかりました。今日もフランス語の
クラスへ行けなかったので、単語レベルだけでも
概略に書き加えていきたいと思います。

ルネ・ドゥペストル氏は1926年、ハイチ共和国に
生まれた詩人・小説家・エッセイストです。2004年
は、氏の祖国ハイチが世界で最初の黒人共和国
として独立して200周年目の節目にあたる年です。
これは東京日仏会館で行った講演を録音したもの
だそうです。概要だけ追ってみたいと思います。

+++

17世紀にフランスの植民地サン=ドマングとして
スタートしたハイチは、フランス革命が起こって
旧体制が崩壊すると、新しく樹立された共和国
の理念(基本的人権)が植民地においても適応
されるよう要求してたちあがります。そのとき
現れたのが黒人の将軍トゥッサン・ルーヴェル
チュールです。長い戦いの後、1804年に世界
史上初めての黒人共和国が実現します。

 insurrection  反乱、蜂起
  humanite'   人類
  esclavage   奴隷制度
  affranchi   解放された、解放奴隷(n)
  homme exceptionnel  傑出した男
  e've'nementhistorique 歴史的事件

1794年2月の国民公会ではグレゴワール神父、
ロベスピエール、コンドルセ、マラー、サン=ジュスト
といった人々が奴隷解放を支持しました。しかし、
やがて台頭してきたナポレオンがすべてをひっくり
返したのです。

 Convention nationale (1792-1795) 国民公会
  gouverneur (植民地の)総督
  libe'rateru 解放者
  pre'juge'  偏見
 l’Assemble'e nationale  国民議会
  liberte' d'expression    表現の自由

ナポレオンによって捕らえられたトゥッサン・
ルーヴェルチュールはヨーロッパまで連れて
こられ、ジュラ山中のジュー要塞の囚人と
して1803年4月7日に生涯を閉じます。しかし
彼の遺志はデサリーヌ、ペティオン、クリストフ
といったかつて部下だった将軍達に受け継がれ、
サン=ドマングは1804年1月1日独立してハイチ
という名前に変わります。    

 de'porter       強制収容所へ送る
  rigueur      厳しさ; 厳しい状況 (態度)
  avoir raison de.. ・・・に打ち勝つ
  chagrin      悲しみ、 悲嘆
  capitulation      降伏
  soule'vement   蜂起
  impitoyable    過酷な、容赦ない

ハイチには大別して「白人」「混血種」「黒人」
という三つの社会構成グループが存在し、
それぞれの間で確執があり、戦いがありました。
「混血種」というカテゴリーは、皮膚の色の微妙
なニュアンスにより、実に沢山の名称が存在し
細分化されています。そこにハイチ社会独特
の様相があり、革命にも影を落としているの
です。

  mula^tre   ムラート: 白人男性と黒人女性間に
                                生まれた子
    me'tis   メティス:  白人男性とカルテロン
                                (=白人男性とムラート女性の子)
              女性との間に生まれた子
    e'pidermique 皮膚の、肌の色の
    octavon    黒人の血が1/8の混血種
    quarteron   カルテロン: 黒人の血が1/4の混血種
    mameluk    マムルーク: 白人男性とメティス女性
                   との間に生まれた子
    marabout   カルテロン男性と白人女性との間に
                       生まれた子
    sacatra    黒人男性とグリフォン (=黒人とムラート
                       との子)女性との間に生まれた子

世界史の流れに逆らうかのようにして独立を達成した
ハイチは、20世紀後半になって植民地解体が現実の
ものになったとき、その先駆性をもてはやされましたが、
独立革命200周年を迎えた今日なお低迷を続け、800万人
に及ぶ国民は政情不安と貧窮にあえいでいます。


 de'tresse    悲嘆、苦悩;困窮、 窮乏
   male'fique 不吉な
   de'sastre  災難; 破綻
   naufrage  難破; 破滅的事態

ドゥペストル氏はフランス政府の要請で、2004年5月、
45年ぶりの里帰りを果たします。滞在は24時間という
ごく短いものでしたが、祖国の無惨な変貌、目を覆わん
ばかりの窮乏に唖然とします。

 aggravation  悪化
  ordure    ごみ、汚物
  e'preuve   試練
  a' vie     一生、終身

長くなりました。。ハイチという国が初めて独立した
黒人共和国でその後も人種間の違い(肌の色)から
なかなか政策も統一せず、内戦が続いて貧困状態
から脱していないなど。。あまり知らずにおりました。
上記のように、新婚旅行へ行った友人が現地の
人たちがなにか屈折した感じでいたのが印象に
残ったそうです、それもこのように200年の複雑な
長い歴史があったようですね。

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2006/02/14

Valentine Color Lesson 

 今日は「ヴァレンタインの日」でなんとなく
 男性諸子の皆様方はソワソワされていた
 のではありませんでしたか~?
  小さなチョコレート一つでも感激された方も
  いらして、男性にとっては意外と期待する日
  なんですね(^_-)-☆

      valentaine Kayserのハート・パン

 去年のヴァレンタイン・ディは娘と友人とで
 ニューヨークの
ハーレムでJazzを聞いて
 いました。夜中にハーレムへそれも地下鉄で、
 冨田さんというハーレムに長年お住まいの
 ツアー・ガイドさんの案内とはいえ、結構
 スリル満点でしたが、本場のJaZZを聞けて
 最高の夜を過ごしたことを思い出しました。

 去年、行った頃のNYはわりと穏やかで暖かで
 したが今年は大雪(
井出先生ブログ)で大変
 らしいですね。。。

   parks004 『Gates』2005.Feb.

 日曜日に大丸でクレー展を観てから地下で
  チョコレートやパンを沢山買いこんで、地下鉄
  で帰ろうと地下通路を歩いていると、
  「
八重洲ブックセンター」への入口があるのを
  発見!! 一瞬、今日の予算はもう終了!と
  頭に信号が走ったのですが、やっぱりどうしても
  見るだけと思って入ったのですが。。出る頃には
  3冊も購入してしまいました。先日、知泉さんが
  コメントで教えて下さったミシェル・フーコーの
  「
言葉と物」もあってどうしようかと迷いましたが。。
  またこちらは余裕のあるときか図書館でもと思い
  諦めて、3冊購入したうちの一冊を少しだけご紹介
  したいと思います。

    color
        「自分力を高める色彩心理レッスン
      心を元気にし、仕事や人間関係を
        グレードアップ」 末永 蒼生著

   内容説明:
     ストレス社会を生きる私たちの内部を探り、
       よりよい方向へ導いてくれるのが「色彩」。
       色彩がいかに自分の感性を掘り起こし、
       潜在的な意欲や能力を高めてくれるかという
       研究から生まれた「色彩心理レッスン」の方法
       を伝える。 

 クレーの美しい色彩を観たあとだけに、色について
  もう少し自分なりに勉強して見たくなったのですが、
  いろいろと興味深いカラーについての本は沢山ある
  ものですね!ただ、以前もアロマをお勉強している
  ときに知覚・嗅覚・感覚的なものが一番ダィレクトに
  脳に伝わってそれが交感神経や副交感神経に作用
  し、体全体のホルモンへ影響していく、と何度もその
  経路についてお習いしていましたので、色彩からも
  何か人間の感覚に左右して体にもよい影響があるの
  では? と思ってこの本を手に取りました。

   church002 
        ベルス・メルセス宣教修道会
                教会内

色彩を通して、あなたの可能性を引き出す。

第1章 人生を切り拓いた色彩の物語
第2章 「色彩心理学」入門
第3章 ストレスを吐き出さなければリラックス
           なんてできない
第4章 退屈な人生をリフレッシュする豊かな感情表現
第5章 新たな自分のために過去をクリーニングする
第6章 色彩は最高のコミュニケーションツール 

 著者の末永蒼生氏は、 色彩心理学者で「色彩学校」および
  「子どものアトリエ・アートランド」主宰、 心理学博士でいらして
  『心を元気にする色彩セラピー』などの著書も多数あります。

 子供の心を癒すべくアートによる子供の心育てを主に活動
  されてきた方なので、子供の叫びが色に出る、を読むと
  ぐっと真実味を増して、なるほど、こうやって心の苦しみを
  解放するのも一つの癒しであって救いの方法でもあることが
  分かりました。

 「色と長寿の密接な関係」の章では、画家が長寿である、と
  述べていられていて面白かったです。著者は「画家は長生き
  する人が多いのではないか?」と調べてみた所、19世紀では
  一般人に比べて画家の方が20年以上も長生きをして、20世紀
 でも画家の方が5年は長生きしていると結果でした。

  シャガール  96歳    ピカソ 92歳
    ダリ、マチス 85歳        モネ  86歳

      北斎     89歳    奥村土牛 101歳
            小倉遊亀  105歳



  ホントですね!! 結構、困窮の果てに亡くなった方も
   多いと思っていましたが、このような長寿の画家達は
   なくなる直前まで現役で絵筆を握っていたそうです。

   人が創造的な活動を行うと、脳内でドーパミンという
   快感物質が大量に分泌され、それが神経細胞を活発化
   させ、運動能力や集中力、気力など高めます。画家は
   毎日色彩と触れる生活によって右脳を刺激し、一方、
   絵のテーマや意味を考え、完成までの計画を立てる
   左脳も働かせます。いわば、情と知のバランスのいい
   精神活動が生きる活力を高め、それが長生きにつな
   がっていく、と解説されていました。

 まだまだ、日常にも役立つことが沢山書かれています。
  図書館でも著者の本 (多数)がありましたら、どうぞ
  ご覧になってみてくださいね!とても日常的に優しく
  書かれていて読むだけで、長生きできそうな実践的な
  内容です。

  ☆えみ丸さんのブログでも、「彫刻家は長命」であると
     興味深いお話を書かれています。

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2006/02/13

(合同)鑑賞会 第4回 告知 - ポーラ美術館の印象派コレクション展

週末はアート三昧なのでストレスも晴れて
最高な気分になりますが、最近はお仕事
が忙しくて・・・その帰りに何かをする、って
いう気力もなくなる位です・゚゚・(×_×)・゚゚・。

でも帰ってみたら、チョコレートのカカオの
いい匂いがして娘が明日のバレンタイン用
に、チョコラ・ケーキを焼いていましたが。。。
やっぱり疲れた後に作るので失敗してしまった
見たいでした・・・((((T-T*))))

それでも、F&Mの新しいパンの試食用に作った
パンを沢山持って帰ってきてくれたので、その
美味しいパンを食べたらやっと元気に!!

          fm

肝心の鑑賞会のお知らせですが、今週の18日(土)
午後3時から渋谷、Bunkamuraで開催中の


   『渋谷で出会う
    
ポーラ美術館の印象派コレクション展

  suiren  『睡蓮』
                         1907年 
                         クロード・モネ


で、2回目なのですが、前回はセザンヌの「アルルカン」
とゴッホの「アザミ」は出展していなかったので、今回は
その2点も含めて再度、印象派の作品を楽しんで参り
たいと思います。
            

こちらは、いつも拙ブログに素敵なコメントを書いて
下さったり、鑑賞会にもご参加してくださるmixiで印象派
のリーダーであるミズシーさんが、その印象派コミュニティ
のオフ会もされるというので、合同鑑賞会をさせていただ
きます~(゚-^*)ノ 
以前もお知らせしていたのですが、ご参加されたい方は
私までmixi経由か当ブログのプロフィール内メール・
アドレスまでご連絡くださいませ。

こちらは午後3時から鑑賞いたしますが、その後、午後
5時よりいつものイタリアンのお店でお食事会もしたいと
思っております。お時間の都合が着く方はどうぞ上記
どちらの会からでもいらしてくださいませ。

この後は、多忙につきしばらく鑑賞会はできない?かも
しれませので、皆様のご参加を心よりお待ち申し上げて
おります~(*^-゚)v♪

              mone005
        
 ジヴェルニー「モネの館」
                                        PostCard

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2006/02/12

パウル・クレー展 -線と色彩-@Daimaru Museum No.3

昨日も東京オペラシティ・ギャラリーで開催中の
ダイムラー・クライスラー・アート・コレクション
ドイツ系の現代美術を観て参りましたが、本日
も東京駅八重洲口にある大丸デパートで開催
しております

  パウル・クレー展 -線と色彩-

を観て参りました。      
          

          klee380 

2005年6月、パウル・クレー・センター開館を
したのに記念して、「線を引くこと」「色を塗ること」
の2つのテーマを元にした作品を展示する展覧会
が開催されたとのことです。

私は、パウル・クレーの作品をこのようにまと
まって観ることは初めてでしたので、特に
「線を引くこと」から始まったクレーの素描の
美しさに魅入りました。

こちらの作品は、会場の正面に展示してあり
観た瞬間に「美しい!」と思いまして、それだけで
この展覧会の質の高さがわかるようでした。

   piramid001
   『Pyramid』  1932
       Watercolour, brush and pencil on
       canvas

    面と面の間の線が黒い細い輪郭線で引か
  れていまして、その線に沿って忠実に色付
    けがされています。オレンジとベージュの
    色合いがピラミッドをイメージしているのか
    立体感と共に渇いた空気のような爽やかさ
    と光の温かみも感じました。

  baby002

   『Portrait of a child』 1908
        Watercolour on papaer

   クレーのお子さんの肖像画でしょうか?
   今まで図版でも観たことがないので、
   このような柔らかくて人間味のある表情
   を描いた作品が展示してあって少し驚き
   ましたが、多分、クレーのお子さんなので
   しょう。。とても愛情深く描かれていて幸福感
   がこちらまで伝わってきました。

  piramid
   『Pyramid』 1934
   Watercolour, sparyed, on cotton on
        cardboard

      クレーの描くピラミッドが好きなので
      同じテーマの絵葉書ばかり購入して
      しまいました。チュニジアに旅をして
      から色が鮮やかになってきたそうで
      すが、オレンジのピラミッドがグレー
      の靄がかったバックに浮き上がって
      いるようで素敵ですね!とても洗練
      されている絵だと思いました。

   baby  
     『Pyramid』 1930
           Watercolour and pen on paper on
          cardboard

        また、ピラミッドを選んでしまいましたが
        こちらの作品が一番丁寧で色の妙味が
        美しく描かれている傑作!としばらく絵の
    前で佇んで観ておりました。単純な線なの
       に、動きがあって、上からも下からも横から
    も中心に向かって光が集まるようでいて、
       横にも流れて行くようなリズムを感じます。
      このような淡いきれいな色彩感覚って、
       あまり日本人では出せない品のよさを感じ
       ますが、ヨーロッパの光の中で生み出され
       るのかしら? と思ったりしました。

   それにしてもクレーの持つ線のリズムと緊張
       した躍動感にはこちら側に、強く訴えてくる
       ものを感じて、自分の甘い生活を見透かされ
       いるような鋭い視線を感じて、時として長く観て
       いると少し苦しくさえなってきます。

     klee_center パウル・クレー・センター
                  (スイス/ベルン)
      
       イタリア人建築家レンツォ・ピアーノ
       により設計され、クレーの作品が
       4000点も所蔵されています。
    
   このセンターの建設当初からのビデオを
    放映していました。回りのゆったりとした
      田園風景やクレーの絵が保管されている
    倉庫など中々面白かったですが、あまり
      見せるために編集していないような??

      もう一つだったかもしれません。。。

   今回は線が最初のテーマだったこともあり、
   色彩はその線の上に塗って抑え気味でいて、
   その線と色のハーモニーがクレー独特の
   音楽的なリズムで美しく、時には厳しく奏でて
   いるように感じました。

 会期は、28日(火)までです。

  そのほか、クレーについての拙記事です。
   ☆
パウル・クレー ★ 色彩の魔術師

  ☆Pual Klee - 芸術新潮

続きを読む "パウル・クレー展 -線と色彩-@Daimaru Museum No.3"

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2006/02/11

Conversation with Art, On Art, In My Birthday

今日は建国記念日で祭日なのに土曜日と重なり
ましたねぇ~(/_ ;) 今年は土曜日に重なる日が
多いみたい・・・。 とにかく、それでも私も一歳、
歳を取ってしまいました。こればっかりは避けられ
ないのですが、なんとか頑張ってこの先もブログを
書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。

娘が仕事帰りに自由ヶ丘の「Paris S'eveille」まで
バースディ・ケーキを取りに行ってきてくれました。
どうもありがとう~(*'ー'*)♪ 美味しかったね!!

     birthday 

 cards           
  それから、左端は私サイズの
    ビックなエプロンと、昨日、ちょうど、
   
アートナビゲータ3級の会員証が
    届いたので、すごく嬉しいプレゼント
    になりました(*^^)v

  同封されている資料によると、現在、開催中の
 
      
アートと話す
       『アートを話す』


  という現代アートが東京オペラシティアートギャラリー
  でその会員証を見せると少しチケット代が安くなると
  書かれていましたので、それでは!って感じで早速
  本日、初台まで行って参りました。

 「ギャラリークルーズ」も午後1時半から先着受付と
   いうのでそれに合わせるように行ったのですが、
   初台は京王新線に乗り換えたりで途中もたついて
   15分位過ぎて着いたら、「もう定員に達しました。」
   とちょっと受付の人に冷たく言われてガックリ・・・でした。
   でもこの会員証を見せたら、なんと無料!で入場でき
   たので良かったです!! 本当によかったのかしら?
   と今頃、心配なったりして。。。

        book
        ワークブック (HPより)

 来館者に貸し出される上記のワークブックは、
  シンプルな質問形式で作品を理解するように
  書かれていて、今までで初めてのことでしたの
  で、少し戸惑いましたがシールが着いて遊べ
  たり、現代アートは説明がないと分からない
 部分も簡単な説明があったりで良かったです。

 抽象的な色彩の絵画からビデオや様々な
  インスタレーションがありまして、むしろ作品
  の方がこちら側に問いかけてくるような感じで
  したが、色彩と構図と配置設定などが楽しめ
  て友達と語り合いながら見ると余計面白い
  かもしれません。

          art_opera

 ちびっ子達のギャラリー・クルーズもあって
  小さなお子さん達がキュレーターの人たちと
  楽しそうに対話しながら遊んでいるようで
  微笑ましかったです。このような幼い時期から
  アートに親しんでいると、きっと将来を通して
  なにか創造性のある暮らしができて幸せかも
  しれませんね。ほかの美術館でもぜひ、この
  ような楽しいイベントを広げていって欲しいです!
  元々、ドイツの
  「ダイムスラー・クライスラーAGコーポレート・
    アート部門」の方々がボランティア・スタッフを
  トレーニングしてドイツの美術教育を導入して
  いるようで、素晴しいです!
 
  大人のグループのギャラリー・クルーズも少し後ろ
  から聞いておりましたら、やはりこのようなところで
  参加する方々の質問も鋭くて知識も豊富なので、
  ボランティア・スタッフさんがちょっと困っていたり。。
  とそういう光景も不思議と映像の一場面のようで、
  現代アートが持つ自由な寛容さのような展示が
  とてもその場の人たちを素敵に見せていました。

 それとこのアートナビゲーター事務局からメルマガ
  が月に2回、配信されてくるようですが、美術館での
  ボランティア情報などもあって、家の近所のMOTでも
  3月の下旬から募集されているとのこと。。私も早速
  応募してみました。別に、資格がなくても応募できる
  ようですから、こちらの
HPからご覧になってみてくだ
  さいね(゚-^*)ノ 

  ボランティアでも少しずつアートなことに携わって
  行きたいと思っております!
   

続きを読む "Conversation with Art, On Art, In My Birthday"

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2006/02/10

『ふらんす 80年の回想―1925‐2005 』

先日、ご紹介したを購入しようと本屋さんへ
行ってみましたが、見あたらずにいたのですが
また、私好みの本が見つかってしまったので、
ご紹介いたします。

  france
    『ふらんす 80年の回想―1925‐2005
                    2005.10
   
        出版社からのコメント:

日本初の本格的仏和辞典『模範仏和大辞典』
が小社から刊行されたのは1921年。そして1925年
フランス文化をより深く知りたいという人々の熱望に
応える形で月刊誌『La Semeuse(「種をまく女」の意)』
が誕生した。フランスがまだまだ遠い時代のことである。
雑誌は4年後、誌名を『ふらんす』と改め、今年創刊
80周年を迎えた。今日、フランス語・フランス文化を
紹介する専門誌としては日本唯一であり、語学雑誌
としても極めて珍しい長い歴史をもつ。
 創刊号には、当時在日フランス大使だったポール・
クローデルが献辞を寄せ、続く号には與謝野晶子の
「ふらんす詠草」、堀口大學の「自吟自譯」、吉江喬松の
「晝家マティスの印象」などの記事が並ぶ。以後、内藤濯
、辰野隆、岸田國士、岩田豊雄(獅子文六)、遠藤周作、
河盛好蔵、鷲尾猛、川本茂雄、伊吹武彦、澁澤龍彦、
生田耕作、岡本太郎、串田孫一、福永武彦など、

錚々たる仏文学者、仏語学者、作家、文化人たちが
執筆者として名を連ねてきた。

 創刊80周年を記念する本書には、読者の目に
ふれる機会が稀となった
1970年代末までの
バックナンバーから代表的な記事約80編を選び、
そのほとんどを当時の誌面のままに再録した。
テーマは語学・文学のみならず、風俗、映画、料理、
シャンソンなど
多岐にわたり、80年間の表紙総覧
各時代の広告や編集後記なども盛り込みながら、
時代の面影を映す構成。時を経ても決して古びる
ことのないエスプリを感じていただきたい。

  
     気になる題名として、澁澤龍彦 『ジャン・コクトー』
   高階氏 『松方コレクション』、福永氏 『ルオーの遺作』
     杉本周太郎 『コローの風景画』、稲生永 『魔法の地理学』
    吉江喬松「画家マティスの印象」などが挙げられます。

   中でも、井上究一郎氏 (『失われた時を求めて』(1913-27)
     プルースト 全訳) が書かれた『ヴィル・ダヴレーの日曜日』
     (1963年 6月)という章が良かったので、少しだけ氏の言葉を
      引用させて頂きます。

  koro-1  『ヴィル・ダヴレー』
                                         1865-70年 油彩
                                        ワシントン国立絵画館

   A peine reste-ti-il assez de jour pour voir,
      Corot, ton nom modeste e'crit dans un
          coin noir,

     残っている、夕あかり、暗い片すみに
       書かれたあなたの、
     コローよ、つつしまい名がやっと
      見わけられるほどの

              テオフィル・ゴーチェ  

   ville_daray
  Ville D'Avray by Jean-Baptiste-Camille Corot

 本文から・・・
  ヴィル・タブレーは、生涯孤独のコローが
  父からゆずり受け死ぬまで魂のいこい場
  とした小さい別荘のあったところである。
  パリ郊外サン・クルーとセーヴルとの間に
  ある何ともいえない静かな小さな街、
  バルザックが住んだレ・ジャルディ荘のある
  のもここ。
  この隠れ家は1817年に彼の父が買った。。

 森の白樺、池の柳、いまも残るコローの
  アトリエ、画家の記念碑、それらをめぐって
  日曜日に気楽に散歩しに行った。

 アトリエはコローの死後有名な出版主
  Lemerreが買ったがいまは誰のものだろう
  『ヴィル・ダヴレーの日曜日』-- そのころ
  そういう題の小説がつつましい売れ行きを
  示していると新聞にのった。ときどき、
  あてもなく口にする、今も私は。この小説
  の作者は誰だったのか。

<コローのアトリエの跡/本誌> atllie
            

フランスの片田舎って田園風景がとてもきれいで
画家でなくても絵を描きたくなったり、詩人でなく
ても詩句が浮かんでくるほどです。特に川べりと
木々の美しさに魅入って、夢のような時間を過ご
したことがあります。コローの描く森の絵の空間を
観ていると、そのような幻想的な思い出に浸ること
ができますが、井上氏の回想にもコローが過ごした
森の陰影を追い求めているかのようですね。。。

また、他にも後日、ご紹介できたらと思います。

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2006/02/08

ことばとイマージュの交歓 - 宗像 衣子 (著)

先週の日曜日に、飯田橋まで出かけたので
久しぶりに、
東京日仏学院の2Fにある図書室
へ寄ってみました。ここの図書室は緑に囲まれ,
フランス文学やDVDや画集もあって、そこに
座っているだけでもなんだかフランスにいる感じ
がして素敵で不思議な気持ちになります。

また、フランス人の先生や生徒さんたちも熱心に
お勉強させれていて、自然とここでは自分も何かを
学ばなければという気持ちを掻き立てられます。
4月から週に一回でもレッスンに通えれば、と思って
いますが、どうなりますか~?

図書室でとてもいい本を見つけました。

image ことばとイマージュの交歓
            フランスと日本の詩情
             宗像 衣子 (著)

フランスを代表する詩人達とそれと絵画や
音楽などの関連性などが素晴しい解説で
書かれていたので、フランスの詩や絵画が
お好きな方には大変お勧めです!


 『概要』
マラルメの、ことばとイマージュの探究がもつ
創造的拡がりを、抒情と抽象をキーに、同時代
の芸術・文化の総合的地平で捉える試み。マネ
や印象派(モネ、ドガ)など近代芸術との関わりに
始まり、後期印象派(ルノワール、セザンヌ)、
象徴主義(モロー、ルドン、ゴーガン)、アール・
ヌーヴォー、ジヤポニスムと関わる現代芸術へ
の推移、文学と美術の音楽性への志向
(マチス、カンディンスキー、ピカソ、ブラック、
ドビュッシー)―マラルメを軸に、芸術諸ジャンル
の交流と融合、日本文化との関わりなど、19世紀末
~20世紀の動向が、ダイナミック。

この目次だけでもゾクゾクっときますでしょう~?

第1部 融合の意識と源泉の探求
     ヴェルレーヌの詩情―パラドックスと
          芸術史的価値
     アポリネールの文芸―詩画融合観のあり方
     ミショーの源泉―文学と絵画の境界域)
第2部 創作の共有(エリュアールとピカソ―芸術と社会
         シャールの芸術世界と自然―
          『ヴァン・ゴッホのあたり』をめぐって
第3部 ジャンルを越える視線
          ビュトールとゴッホ―絵の中の文字
         ゴンクールとロチ―日本の芸術と社会
         ブラックとバルト―イマージュと文字の間、
         日本の文化
第4部 文芸の共鳴と文化の響き合い
         クシューとジャポニスムの価値―
                                      文学と美術の伝播
    マラルメから蕪村を管見―写生と夢想
    文学・美術と文化の流れ―欧米から日本から

詩人ヴェルレーヌと画家モネについて印象派の
表現方法では一致しているというご見解を述べて
おられましたので、また続きは後日こちらに書いて
見たいと思います。

  ヴェルレーヌ 『沈む日』

 弱々しい薄明かりが沈む日の
     メランコリーを野にそそぐ
  やさしい歌で
     沈む日にわれを忘れる
  私の心をうちゆする
     砂浜に沈む
  日もさながらの
     不可思議の夢
  呉れないの幻影となり
     たえまなくうちつづく
  うちづづく
     砂浜に沈む
  大いなる日のように

             san_giorgio_maggiore_at_dusk_monet_13
                             San Giorgio Maggiore at Dusk
                             Claude Monet

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2006/02/06

「レンブラント・フェルメールの時代」小林頼子氏 - 絵画(講演)鑑賞会 No.3 

今年に入って絵画鑑賞会も皆様とご一緒しまして
3回目(
1回目2回目)になりました。昨日(2/4)、
先週も拝聴したブリジストン美術館の土曜講座で、
フェルメールのご研究家では日本では第一人者で
いらっしゃる小林頼子氏より

 レンブラント・フェルメールの時代
           ーオランダの光を訪ねて」

2時間半に亘る大熱演のご講演を一番前の席を
私たちで陣取って拝聴して参りました。鑑賞会の常連で
いつもきてくださる
とらさんNikkiさん、ミズシー(mixiの
印象派リーダーさん)とぴく太さんがいらして下さいました。
それから、Takさんのオフ会でお知り合いになった花子さん
もいらしていて嬉しい再開でした!!講演会の後は、展覧会
を観てからこちらの6人でお茶を飲むはずでしたが、不思議と
みなさんビール!に変わっていました。講演会が素晴しく熱
が入ったお話だったこともあり、そのお茶(酒)会ではみなさん
がワィワィともう大変な盛り上がりようで、やっぱり、絵の
好きな人たちが集まるとなんだかすごいオーラがその回りに
包まれるみたいですね(*'ー'*)♪
できたら、NYへアート・ツアーに行きましょう!!と
最後は本気だか皆さん、ノリノリでした(゚-^*)ノ 

もちろん、そのほか、フェルメール卿のTakさん
ご夫妻と「オランダ・バロック絵画館」のToshi館長ご夫妻
も見えていらっしゃいました。

小林先生はパソコンの映像処理も抜群で、画像をひっくり
返したり、ポイントもまとめて書いてくださったので、とても
拝見/拝聴しやすかったです。また、お話のリズムとテンポが
抜群なので、素人愛好家の私などでも全部理解できたことが
嬉しかったです。2時間半途切れることなく、お話続けるって
すごいパワァ~だし、私たちにどうやって絵をみることが大事
かという点を所々、教えていただいたのが大変印象に残りま
した。

長く書くと思いますので、あまり画像は今回入れると容量が
オーバー(一記事毎)しそうですので、とりあえず、拝聴した
ことを拙いながら書かせていただきます。(もし、ご一緒した
方でなんか、それは違う!っていう点がありましたら、ぜひ
お知らせくださいませ。)

まずは、オランダっていう国はヨーロッパのどこに位置
していて、大きさは、日本の九州と同じ位の大きさです。
と出だしからとても丁寧な説明でありがたかったです。
16世紀の頃は、南部のベルギー辺りまでネーデルランド
で、当時はハプスブルグ家が支配しており、毛織物業
が盛んだった北部地方の冨を吸い上げていました。
宗教もスペインのカトリックをオランダのプロテスタントに
改宗するように迫ってきたので、ハプスブルグ家に反発
するようになり1568年に、対スペイン独立戦争が始まり
ました。

1.17世紀オランダ

1)王・貴族が不在の市民国家

1648年に、オランダ連邦共和国として独立するように
なると、富裕な市民層達が議会政治にも権力を持つ
ようになり、オランダ総督フレデリック・ヘンドリック公
などの文化教養も第一級の知識人が市民社会を形成
していくようになります。

2) 経済の隆盛

スペインに占領されたアントウエルペン(貿易港)から、
商業資本がアムステルダムに移動してオランダの
経済力が発展し、日本とも貿易を出島に交易を開始
します (それが、
バーク・コレクション展で観た時の
「南蛮屏風」の絵に繋がってくるわけですね~♪)。

3)宗教改革

上記のとおり、16世紀のスペインではカトリックの宗教
を強要してきたので、オランダ側は反抗ののろしを上げ
ました。オランダとして独立してからプロテスタントを選ぶ
ようになったので、教会に展示してあるカトリックのあら
ゆる美術を破壊してしまいました。壁は真っ白に塗られて
しまいましたが、漆喰の壁などには隠されている絵がある
そうです。この宗教改革の結果、画家達は大口の注文主、
教会と王族・貴族からの依頼が全く無くなってしまいました。

2.17世紀美術を考えるキーワード

<日常に向けられた視線>
     肖像画 
    今までは王・貴族しか描かせなかった全身の
    肖像画を富裕の市民たちも描くようになった

<写真的なジャンルの勃発>
   資本主義の走り
   自由市場で競争も激しくなりマーケティングが
   必要になった
      美術市場に向けてストックの必要性があった
      (市場経済にもまれていた)

  • 風景画(17世紀はオランダだけ)の成立
     建国の背景がある
      教会での宗教画の展示は禁止
      オランダを作ったのはオランダ人である
      独立の歴史は市民の誇りである
  • 風俗画
     日常を描く (テルボルフ: 朝の身支度 1660)
  • 静物画
      写真的な描写

       
      flower
      ラヒェル・ライス 《花の静物》

    この図版だけでもどうしても欲しかったので、
    とらさんからBBS経由で送っていただいて
    助かりましたヾ(´ー`)ノ
    14人のお子さんをお持ちのお母さん画家
    だったのですが、先生もお花の部分を
    アップしてくださって大変、写実的で
    テクニックも高いよい作品だと褒めて
    いらっしゃいました。

<当時のモラルの反映>

   ヤン・ステーンの酒場の騒ぎを描いている絵を
      ご紹介くださいましたが、
その片隅に、子供が
      シャボン玉を吹いているようなヴァニタス的
      メッセージが見えないように描かれています。

      デ・ホーホの《母の義務》では、母親が子供の
      頭のしらみを取っているが頭頂部を描くことは
      勤勉であって理念が働いていることを表して
      いるそうです。

      写実画には理念がないと言われているそうですが
      細かい所に暗示的に描かれていたようです。 

<マーケットの事情>
     1630年代になるとヤン・ファン・ホイエン
     《川のある風景》に観られるように、オーカー系
     で全体に色彩を1、2色しか使わずモチーフで
     遠近法を出すようになります。
                 ↓
      沢山描かないと食べていけない
      スピードを要するために色数を減らす
      1つの型を作るなどマーケットの要因がある

  ヤーコプ・ファン・ライスダール『ベントハイム城』
     は一番良い風景画を描く画家でした。山という
     理念を構想、操作しながら描きました。

ここまで書いているだけでもちょっと大変ですが(^_^;
小林先生はそれを何もあまり観ずに次々とご説明
されていくので、それだけでも素晴しい!と感激なの
ですが、いよいよ、レンブラントとフェルメールの時代
へと入っていきます。

3.レンブラント(1606年-1669年)は、
17世紀のオランダ黄金時代の良い時代を過ごした
画家でした。以下、箇条書きでご紹介します。

1925年6ヶ月間  レイデンで絵の修行をした
                      (いつかアムステルダムに行く!という
                        野心家だった)

1627-28年    独自の様式と型を見つけた
           模倣と創作に貪欲だった
           カラバッジョの絵から光・闇・大きなモチーフ・
           空間・全体のまとめ方などを模倣しながら
                       基本のオリジナルを造って野心的に活躍する
                       隠れ教会(カトリック)・家の中での宗教画を
           沢山描いて、宗教画家としての道を選んだ
                       光と影を自由自在に描き出し、自分のブランド
                       を造り、マーケットを開拓していく

1634年      結婚 人気画家として活躍
1639年      大きい家を買う (13,000ギルダー)
           経済がとても良い
           利息だけ払うが元金は払わない
           コレクションを沢山する
1952年      仏・英国など周りの国が力をつけてくる
           第一次英・蘭戦争 → 負ける → 不況
           元金の返金を求められる
1956年       破産をする
            アムステルダムの西側に移る
            孫の貯金まで手をつける
1966年       死亡

   ph_amsterdam    
 
  《青年期の自画像》1629年頃
     レンブラント・ファン・レイン
   アムステルダム国立美術館蔵

  レンブラントは沢山の自画像(50~60枚)を描いたことで
    有名ですが特殊な顔に大きく関心があって、自分の顔を
    使って表情の研究をしていたそうです。

    エッチングを多く手がけていましたが、それは、油彩だと
    最後の部分しか仕上がりが分からないが、銅版だと
    制作の過程が後から観ることが出来たり、リサイクル
    をして銅版画をまた使うことも出来たからだそうです。

  沢山のレンブラントの図版を見せていただきましたが
    それはここでは長くなりすぎるので控えます。それから
   ブリジストン美術館所蔵のレンブラントの絵画についても
    グレーゾーンであるとかルーベンスの作品の真贋問題に
    ついても述べられていましたが、それも私たちの自身の目
    でもよく観て確かめてください。とのご意見でした。
    それは研究家の間でも大変難しい判断を伴うようです。

      

4.フェルメール

レンブラントが長かったのでフェルメールにはあまりお時間を
費やされませんでしたが、
Takさんとらさんのほうで詳しく
書かれていらしゃっるのでご参考にされてくださいませ。
光の操作と遠近法の消失点の処理方法など明快なご解説で
短いながらやっぱりその点がとても感銘を受けました。

素晴しい講演会を聴かせていただきまして、オランダの歴史
背景やその時代で活躍した多くの画家達のマーケティング
なども教わりまして大変有難う御座いました。感謝の気持ちは
このようにブログに書く位しかできませんが、また先生の著作本

を読んでより理解を深めて行きたいと思います。

私の一番大好きなフェルメールの作品は、いつもPCの前に
張ってあるこの絵とレオナルドの『レダの頭部』でして観ていると
優しい気持ちになります。

        water『窓辺で水差しを持つ女』
                  フェルメール
                  1662~65年
        メトロポリタン美術館

最後にですが、先生が何回か私たちに勧めてくださったことは
本物の絵を持っていると美術の鑑識眼が高まるので、ぜひ
外国へ行ったときにでも、小さな版画を購入していつも手元で
観ておくといいです、という教えは今度から実行してみようと
思います。

それから、ミズシーさんがmixiの方で素敵な感想文を書かれて
いましたので、ご本人のご了承を得たので掲載させていただき
ます。すごく詩的な文章で感激いたしました。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

思えば写実画が好きだった頃、
より精密でよりリアルな絵ばかり追っていた気がする。

自分が子供だったのだと思う。
当時は科学主義が万能だと思っていたし、
人間がカメラのように現実を写し取っていることに
感動を覚えたのかもしれない。

それでも少しずつ大人になるとわかってくることがある。
科学が決して万能ではないこと、
現実が決して論理で割り切れないこと、
いや「正しい」とはわかっていても誰もが目や耳を
閉ざしてしまっていること。。。

「光」をひたすら信じるもの
「闇」を肯定しまうもの
利口な生き方が大人の生き方と思うもの

いつしか自分も
見えなかったものが見えるようになり、
見えてたものが見えなくなった。

いつの頃からか絵の見方も変わった。
絵を無理に理解する必要も、意味づけする必要も
ないことに気がついた。
知識なんてなくても、ただ絵と向かい合った時に
心に何かが染み入ってくるような感覚を大切にする。

10代の時にような強烈な衝撃を受けることはなくなったが
逆に絵を見ることで疲れた心を癒されることは多くなった。

今はこう思う

世界に光と影があるのなら、
人間にも光と影があるに違いない。

盲目的に光を信じる訳でもなく、
闇に心を閉ざす訳でもなく、

闇の世界の一筋の光こそ、
人間が信じることのできる本当の希望かもしれないと


ギリシア神話の「パンドラの箱」も全ての厄災の後に
残ったのは「希望」だったのだから

レンブラントの絵を見ながらそんなことを考えた。

                                        written by ミズシーさん

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2006/02/03

「シャルロッテ・コルデーの肖像」 - ムンク@出光美術館

昼間は穏やかだったのに、夜になると寒風が
吹きすさび寒かったですね゚・(×_×)・゚゚ 
その寒風にめげず、今週は忙しかったことも
あってストレス菌が増発してきたので、とり合えず、
絵でも観て心を平衡にしたかったのもあり、金曜日
も19時まで開いている有楽町にある出光美術館
行って参りました。
(ムンクについて追記しました)

     991kasen

企画展は、「歌仙の饗宴」を開催していて、
先日、バーク・コレクション展でも観た鈴木其一
や土佐光起などの描く掛軸の美しい色彩は素晴
しかったです。そのほか、全体的に質が高い
屏風絵や絵巻物や和歌を書写した書跡作品など
格調高い展示品が多いので、日本美術がお好き
な方は12日(月)までですので、どうぞぜひご覧
下さいませ。

平安時代、名だたる歌人たちの中でも、
「歌仙」と呼ばれた和歌の達人たちがいた。
そんな歌仙の饗宴する世界を、平安時代に
和歌を書写した貴重な書跡作品他で紹介する。
中でも、著名な佐竹本三十六歌仙絵の
全9点展観は見どころのひとつ。岩佐又兵衛や、
琳派による江戸時代の歌仙図も。

********+++++++

それでも今回とても驚いたのは、入口近くに展示して
ある西洋画で、ムンクの肖像画が3点も展示してあり、
初めてみるそのムンクの絵の色彩と人間の表情豊かな
力強さにとても惹き付けられてしまいました。

   corday
   『シャルロッテ・コルデーの肖像』
   (Charlotte Corday)

   1930年
   油彩・カンヴァス
   100.0 x 80.0cm
   オスロ市立ムンク美術館蔵

 ムンクの描くこのような明るい色彩の絵を
 観るのは本当に初めてでしたが、この女性
  の回りを取り囲むような花々の動きが、何か
 女性の表情に秘める情熱や沈鬱といった物
  と混ぜあってグルグルと渦巻きのような激しさ
  を発散しているように感じました。

 また、いろいろと調べていると、この女性は
  革命家のマラーを浴室でナイフで惨殺した
  『天使の暗殺者』と呼ばれているのがわかり
  ますます、どうして~?って思いますよね。

 
HPより)
   他の画家が史実としてこの事件「マラーの死」)
    を描いているのに対して、ムンクはこの主題に
    仮託して、1902年にオースゴールストランで自ら
   をおそったある事件、拳銃の暴発というあまり
   ドラマチックとは言えない結末に終わったトゥーラ・
   ラールセンとの不幸な恋愛の記憶を描き出している。
   つまり、この作品ではコルデーがラールセンに、一方、
   マラー(連作「マラーの死」)にはムンク自身が投影
    されているのである。
   しかも、"女性の悪意に満ちた力の犠牲になる男性"
    という主題は、男女間の様々な関係を描いた連作
  「生のフリーズ」の中心主題として、これまで幾度も
   描いてきたテーマであった。

   marat マラーの死』
           ジャック・ルイ・ダヴィット
           19世紀初頭

  上記は有名なダヴィット作で、昨年の
     『ルーヴル美術館展』でその生々しくて
     鮮やかな死の瞬間を描いたような作品
     を観ましたが、一度観たら忘れられない
     ほど強烈な作品ですね。

  ムンクと上記、天使の暗殺者については後日、
     以下に追記しようと思います。

    
追記:

  ムンクの実際の絵を3点も観てしまってから
   その世界に獲り捕まれてしまっているので、
   ムンクとその天使の暗殺者、シャルロットさん
    について追記したいと思います。

               munch 『自画像』
                         1881-82年
                         Wielcy Malarze図版
                         


  福永武彦氏の『芸術の慰め』からムンクに
     ついて引用させていただき、私の拙い文で
  まとめてみました。

エドヴァルド・ムンクは1863年ノルウェーのレーテルで
生まれオスローで育ちました。母親は彼が5歳の時
亡くなり、その後彼の妹二人も相次いで亡くしてしまった
こともあって、幼い頃から激しい死の不安、生への恐れ、
そして愛への渇望などが北欧地域の白夜が続く独特の
地域性からも影響してか、全体の作品からも神経症的
で病的な表現でしか彼の芸術性を表せなかったよう
ですね。。。

  美の巨人達」に悲しいご家族の背景が
     書かれていて、ちょっと涙します。。。

   yameru-kodomo 『病める子供』 1885-6年
                     部分
                (妹がベットに座っている絵です)

『シャルロッテ・コルデーの肖像』では、恋人のトゥーラ・
ラールセンとの結婚で拒否したことにより起こった1902年
の銃暴発事件を投影したそうですが、その事件から女性を
どうしても受け入れたくなくなってしまったようで、その後の
数々の作品の中にも女性に対して恐怖感と性への対象物
のような描き方をしているようです。幼少期に母親の愛情
がないというのは、ユトリロにしてもそうでしたが、画家と
しては成功しても悲しい寂しい一生を送ってしまいますね。

 それでもムンクはとてもよい言葉を残しています。
 「いつまでも、読書する人物や、編み物をする女たちを
   描いているわけにはいかない。私は生きて、呼吸をし、
   感じ、苦悩し、愛する人間を表現したい。絵を観る人
   が彼らのうちに神聖なものがあることを理解し、
   その結果、教会に於けるように、彼らの前に自分の心
   を打ち明けることができるように。。」

 私はこの日はこれから年度末にかけての仕事量が
  増えることで恐怖の感じを抱きながら、出光美術館
  に向かい、遠くから光って観えたムンクの絵に相対
   したからこそ、彼の苦悩が読み取れ共感できたの
  かもしれません。いつも印象派の作品では心が癒さ
  れて元気になるのですが、ムンクの孤独の叫びや
  苦悩が私の心にも共鳴できて嬉しく思いました。興味
  のなかった部類の絵画でも時として自分を慰めて
  くれるときがあるようです。画家はその表現手段として
  自分の心を絵の中で吐き出すことによって、自分の内
  の孤独と恐怖と戦いながらも多くの作品を描き、1944年

  81歳の生涯を閉じます。

 それから、シャルロッテ・コルデーについては、
  彼女も良くわからない動乱の中、政党が違うという
  だけで、回りの言葉を信じ、反対派の英雄マラーを
  単身でお風呂場に乗り込み、ナイフで殺害したこと
  が後世にも残る(名)場面となったようですね!
  ムンクが描いた「マラーの死」の図版がなくて残念
  ですが、ダヴィッドのこの絵だけでも感じ取れる
  恐ろしい歴史的な場面です。

 ☆「マラーの暗殺の小部屋」様のHPは詳しくマラーの
      歴史的背景まで書かれています。

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2006/02/01

バルビゾン芸術の歴史と遺産 - 井出洋一郎氏

先週の土曜日(1/28)に、ブリヂストン美術館の
土曜講座で東京純心女子大学の井出教授による

 『バルビゾン芸術の歴史と遺産』

を拝聴して参りました。当日は、横浜でランチ時に
通訳のお仕事を済ましていらした友人のまゆりんさん
とご一緒に参加したのですが、いつになく満席で
後ろの方に座ったら前の人の頭で、首を横にしない
とスクリーンが見えないという悲惨な事態だったので、
今度は早めに行って前に座らないとッ!!と思った
のでした。

バルビゾン派というとルソー、ミレーとかコローなど
どちらかというと暗い色調の風景画が多いですよね。
今回、井出先生のお話を伺って、バルビゾン派の
成り立ちとそれから印象派に繋がるお話を沢山の
画像も見せて頂きましたので、その辺りの関連性が
とてもよく分かりました。

BlueHeavenのTakさん同日の講演会へ行かれて
バルビゾン周辺の地図や講演内容を分かりやすく
書かれています。また、 「涙のじゃがいも物語 」の
続編もお楽しみくださ~い♪

また、井出教授のHP「ミレーとバルビゾン芸術」を
私もミレーについて調べていたら発見しまして、
ミレーの図版をご覧になれます。それに
ブログ「
blogガンヌの宿 亭主謹言」まで~(^u^)
その土曜講座の文中に。。
  「お客はどちらかいえば高齢だがよく聞いてくれるし、
   笑いの反応も早く。。。」
ってそれって私のことかしらぁ~?と噴出してしまい
ましたww

1822年、イギリスの風景画家コンスタブルが
フランスのサロンで作品を展示しました。

  constable_wain01
  《干し草車(The Hay-Wain)1821年》

 ドラクロワがその絵を観て大変感激したそうです。
  イギリスの天気はすぐに変わるので、雲が動くような
  空を描いた秀作が多いそうです。井出先生は、その
  雲に魅せられて、
コンスタブルの絵画展を新宿の
  伊勢丹美術館と山梨県立美術館でご開催する中、

  「雲だけのコーナー」を作って10点ほど展示しましたが、
  マニアックだったのかお客さんの反応はあまりなかった
  ようです。それでもその空の表情は、フランス絵画に
  大きく影響を与えたそうです。

 オランダの絵画、ライスタールなどの地平線が
  低く、空の部分が多い風景画からもフランスの
  画家達は学びました。

 19世紀に入って産業革命で鉄道の発達に伴い、一般
  の人たちも郊外で過ごすアウトドア志向になってきました。
  そこでバルビゾン派も印象派の画家たちも戸外へ出て
  描き始めるようになりました。

 1830年頃からパリの南東フォンテーヌブローの森で
   ミレーとルソーも太陽の光が朝には森に当り、夕方
   には畑の方に夕日が当る自然の美しさに魅了されて
   「ガンヌの宿屋」を拠点にして、バルビゾンの美しい
   風景画を描き続けました。

  barbizon2  「ガンヌの宿屋」

       
barbizon1 
       壁や家具などにも画家達の絵
               が残っているそうです。

 開発が進んでバルビゾン地区にも伐採が進んで
  きたので、ミレーとルソーはその地域の自然保護を
  皇帝へ訴えたこともあって、それ以来、「美観地区」
  に指定されることになり、その功績からミレーと
  ルソーの記念碑が1884年フォンテーヌブローの森の
  入口に建てられたとのことです。(井出先生のHP
  そのお写真がありました)


   
seed  《種をまく人》 1851年 
                  ジャン=フランソワ・ミレー 
                                          リトグラフ、紙
 

        dovine                        
                《田園の夕暮れの印象》
                   カール=ピエール・ドービニー
                             油彩、カンヴァス

  アメリカ人はプロテスタントが多いので、ミレー
    の農民画に宗教的な意味合いを求めたのか
    ミレーの絵がよく売れたそうです。フランスでは
    「じゃがいも」を描くことは貧乏臭く見えるし、社会主義
    を誇張しているかのようにも見えると賛否両論だった
    との初めて知るお話を伺いました。じゃがいもは飢饉
    の時の食べ物という位、当時はフランスではあまり
    食卓に上がらなかったからだそうです。  《晩鐘》も
    アメリカ人のコレクターからの依頼で描いたので、
    55万フランの高値が付いたとのことです。
  しかし、あまりに世界的に有名な絵になってしま
  ったので、フランスで買い戻しオルセー美術館に
    現在は展示してあるとのことでした。

  1875年1月にミレーは亡くなりますが、最晩年に
     描いた絵は、部屋から窓の外の景色が印象派
    
の描き方そのものだったということです。もう少し
     長生きしていたら、印象派の様式に移って行った
     のではと思わせるほどその部分は大変明るく描か
     れていました。

 そのほか、ルソーの木の葉を一枚一枚、丁寧に
  描いた森の絵を何枚かご紹介していただき、コロー、
  クールベと続きました。クールベは個性的だったせいか、
  ミレーからもあまり好まれていなかったようですが、ミレー
  の農民画やルソーの影響が強く、二人の絵を観ることで、
  自然/写実主義としての力量も上がってきたそうです。

 1865-67年頃はいよいよバジール、モネ、クールベ
  達もフォーンテーヌブローの森で風景を描くようになり
  ます。バジールは南仏のモンペリエで色彩が鮮やか
  な風景画を描きますが、普仏戦争で若くして戦死
  してしまい、長生きしていたらモネやルノワールより
  も風景画は良かったかと思われるほどでした。

 モネや印象派の画家達は、光を求めてバルビゾンより
  東に流れているロワール川辺りで絵を描くようになります。
  最初のモネの《積みわら》は、 ミレーやルソー風に農村で
  夕日を浴びるようにして描かれています。これは光が当る
  モチーフとして描き始める最初の作品となりました。                          

 ルノワールでさえ初期の作品《森の空き地》では、
  ルソーやミレーやクールベの影響が見て取れる
  風景画でした。

 ピサロもミレーの農村画を尊敬していて、《座る農婦》
  はミレーの構図のように描かれています。

 シスレーにおいても野外で描くバルビゾン派のミレー派
  に属しているそうです。

 その後に続くゴーギャン、ゴッホなども基本的にこの
 バルビゾン派から豊かな栄養を吸収しているとのこと。。
  ここで終了でした。ここから先もお聞きしたいですね!

 途中で止めようかと思いましたが、メモを見て思い出しつつ
  書いてみました。このように、バルビゾン派から印象派への
  流れは着々とフォーンテーヌブローの森の奥で系統だって
  実践され受け継がれていったようです。井出先生、貴重な
  情報を沢山ご教授くださいましてありがとうございました。

 注: 今週の土曜講座「レンブラント、フェルメールの時代」
         のチケットはもう完売になったそうです。

 追記: まゆりんさんとその後、ティールームでお話したのですが。。

続きを読む "バルビゾン芸術の歴史と遺産 - 井出洋一郎氏"

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