今年に入って絵画鑑賞会も皆様とご一緒しまして
3回目(1回目、2回目)になりました。昨日(2/4)、
先週も拝聴したブリジストン美術館の土曜講座で、
フェルメールのご研究家では日本では第一人者で
いらっしゃる小林頼子氏より
「レンブラント・フェルメールの時代
ーオランダの光を訪ねて」
を2時間半に亘る大熱演のご講演を一番前の席を
私たちで陣取って拝聴して参りました。鑑賞会の常連で
いつもきてくださるとらさん、Nikkiさん、ミズシー(mixiの
印象派リーダーさん)とぴく太さんがいらして下さいました。
それから、Takさんのオフ会でお知り合いになった花子さん
もいらしていて嬉しい再開でした!!講演会の後は、展覧会
を観てからこちらの6人でお茶を飲むはずでしたが、不思議と
みなさんビール!に変わっていました。講演会が素晴しく熱
が入ったお話だったこともあり、そのお茶(酒)会ではみなさん
がワィワィともう大変な盛り上がりようで、やっぱり、絵の
好きな人たちが集まるとなんだかすごいオーラがその回りに
包まれるみたいですね(*'ー'*)♪
できたら、NYへアート・ツアーに行きましょう!!と
最後は本気だか皆さん、ノリノリでした(゚-^*)ノ
もちろん、そのほか、フェルメール卿のTakさん
ご夫妻と「オランダ・バロック絵画館」のToshi館長ご夫妻
も見えていらっしゃいました。
小林先生はパソコンの映像処理も抜群で、画像をひっくり
返したり、ポイントもまとめて書いてくださったので、とても
拝見/拝聴しやすかったです。また、お話のリズムとテンポが
抜群なので、素人愛好家の私などでも全部理解できたことが
嬉しかったです。2時間半途切れることなく、お話続けるって
すごいパワァ~だし、私たちにどうやって絵をみることが大事
かという点を所々、教えていただいたのが大変印象に残りま
した。
長く書くと思いますので、あまり画像は今回入れると容量が
オーバー(一記事毎)しそうですので、とりあえず、拝聴した
ことを拙いながら書かせていただきます。(もし、ご一緒した
方でなんか、それは違う!っていう点がありましたら、ぜひ
お知らせくださいませ。)
まずは、オランダっていう国はヨーロッパのどこに位置
していて、大きさは、日本の九州と同じ位の大きさです。
と出だしからとても丁寧な説明でありがたかったです。
16世紀の頃は、南部のベルギー辺りまでネーデルランド
で、当時はハプスブルグ家が支配しており、毛織物業
が盛んだった北部地方の冨を吸い上げていました。
宗教もスペインのカトリックをオランダのプロテスタントに
改宗するように迫ってきたので、ハプスブルグ家に反発
するようになり1568年に、対スペイン独立戦争が始まり
ました。
1.17世紀オランダ
1)王・貴族が不在の市民国家
1648年に、オランダ連邦共和国として独立するように
なると、富裕な市民層達が議会政治にも権力を持つ
ようになり、オランダ総督フレデリック・ヘンドリック公
などの文化教養も第一級の知識人が市民社会を形成
していくようになります。
2) 経済の隆盛
スペインに占領されたアントウエルペン(貿易港)から、
商業資本がアムステルダムに移動してオランダの
経済力が発展し、日本とも貿易を出島に交易を開始
します (それが、バーク・コレクション展で観た時の
「南蛮屏風」の絵に繋がってくるわけですね~♪)。
3)宗教改革
上記のとおり、16世紀のスペインではカトリックの宗教
を強要してきたので、オランダ側は反抗ののろしを上げ
ました。オランダとして独立してからプロテスタントを選ぶ
ようになったので、教会に展示してあるカトリックのあら
ゆる美術を破壊してしまいました。壁は真っ白に塗られて
しまいましたが、漆喰の壁などには隠されている絵がある
そうです。この宗教改革の結果、画家達は大口の注文主、
教会と王族・貴族からの依頼が全く無くなってしまいました。
2.17世紀美術を考えるキーワード
<日常に向けられた視線>
肖像画
今までは王・貴族しか描かせなかった全身の
肖像画を富裕の市民たちも描くようになった
<写真的なジャンルの勃発>
資本主義の走り
自由市場で競争も激しくなりマーケティングが
必要になった
美術市場に向けてストックの必要性があった
(市場経済にもまれていた)
- 風景画(17世紀はオランダだけ)の成立
建国の背景がある
教会での宗教画の展示は禁止
オランダを作ったのはオランダ人である
独立の歴史は市民の誇りである
- 風俗画
日常を描く (テルボルフ: 朝の身支度 1660)
- 静物画
写真的な描写

ラヒェル・ライス 《花の静物》
この図版だけでもどうしても欲しかったので、
とらさんからBBS経由で送っていただいて
助かりましたヾ(´ー`)ノ
14人のお子さんをお持ちのお母さん画家
だったのですが、先生もお花の部分を
アップしてくださって大変、写実的で
テクニックも高いよい作品だと褒めて
いらっしゃいました。
<当時のモラルの反映>
ヤン・ステーンの酒場の騒ぎを描いている絵を
ご紹介くださいましたが、その片隅に、子供が
シャボン玉を吹いているようなヴァニタス的
メッセージが見えないように描かれています。
デ・ホーホの《母の義務》では、母親が子供の
頭のしらみを取っているが頭頂部を描くことは
勤勉であって理念が働いていることを表して
いるそうです。
写実画には理念がないと言われているそうですが
細かい所に暗示的に描かれていたようです。
<マーケットの事情>
1630年代になるとヤン・ファン・ホイエン
《川のある風景》に観られるように、オーカー系
で全体に色彩を1、2色しか使わずモチーフで
遠近法を出すようになります。
↓
沢山描かないと食べていけない
スピードを要するために色数を減らす
1つの型を作るなどマーケットの要因がある
ヤーコプ・ファン・ライスダール『ベントハイム城』
は一番良い風景画を描く画家でした。山という
理念を構想、操作しながら描きました。
ここまで書いているだけでもちょっと大変ですが(^_^;
小林先生はそれを何もあまり観ずに次々とご説明
されていくので、それだけでも素晴しい!と感激なの
ですが、いよいよ、レンブラントとフェルメールの時代
へと入っていきます。
3.レンブラント(1606年-1669年)は、
17世紀のオランダ黄金時代の良い時代を過ごした
画家でした。以下、箇条書きでご紹介します。
1925年6ヶ月間 レイデンで絵の修行をした
(いつかアムステルダムに行く!という
野心家だった)
1627-28年 独自の様式と型を見つけた
模倣と創作に貪欲だった
カラバッジョの絵から光・闇・大きなモチーフ・
空間・全体のまとめ方などを模倣しながら
基本のオリジナルを造って野心的に活躍する
隠れ教会(カトリック)・家の中での宗教画を
沢山描いて、宗教画家としての道を選んだ
光と影を自由自在に描き出し、自分のブランド
を造り、マーケットを開拓していく
1634年 結婚 人気画家として活躍
1639年 大きい家を買う (13,000ギルダー)
経済がとても良い
利息だけ払うが元金は払わない
コレクションを沢山する
1952年 仏・英国など周りの国が力をつけてくる
第一次英・蘭戦争 → 負ける → 不況
元金の返金を求められる
1956年 破産をする
アムステルダムの西側に移る
孫の貯金まで手をつける
1966年 死亡
《青年期の自画像》1629年頃
レンブラント・ファン・レイン
アムステルダム国立美術館蔵
レンブラントは沢山の自画像(50~60枚)を描いたことで
有名ですが特殊な顔に大きく関心があって、自分の顔を
使って表情の研究をしていたそうです。
エッチングを多く手がけていましたが、それは、油彩だと
最後の部分しか仕上がりが分からないが、銅版だと
制作の過程が後から観ることが出来たり、リサイクル
をして銅版画をまた使うことも出来たからだそうです。
沢山のレンブラントの図版を見せていただきましたが
それはここでは長くなりすぎるので控えます。それから
ブリジストン美術館所蔵のレンブラントの絵画についても
グレーゾーンであるとかルーベンスの作品の真贋問題に
ついても述べられていましたが、それも私たちの自身の目
でもよく観て確かめてください。とのご意見でした。
それは研究家の間でも大変難しい判断を伴うようです。
4.フェルメール
レンブラントが長かったのでフェルメールにはあまりお時間を
費やされませんでしたが、Takさん ととらさんのほうで詳しく
書かれていらしゃっるのでご参考にされてくださいませ。
光の操作と遠近法の消失点の処理方法など明快なご解説で
短いながらやっぱりその点がとても感銘を受けました。
素晴しい講演会を聴かせていただきまして、オランダの歴史
背景やその時代で活躍した多くの画家達のマーケティング
なども教わりまして大変有難う御座いました。感謝の気持ちは
このようにブログに書く位しかできませんが、また先生の著作本
を読んでより理解を深めて行きたいと思います。
私の一番大好きなフェルメールの作品は、いつもPCの前に
張ってあるこの絵とレオナルドの『レダの頭部』でして観ていると
優しい気持ちになります。
『窓辺で水差しを持つ女』
フェルメール
1662~65年
メトロポリタン美術館
最後にですが、先生が何回か私たちに勧めてくださったことは
本物の絵を持っていると美術の鑑識眼が高まるので、ぜひ
外国へ行ったときにでも、小さな版画を購入していつも手元で
観ておくといいです、という教えは今度から実行してみようと
思います。
それから、ミズシーさんがmixiの方で素敵な感想文を書かれて
いましたので、ご本人のご了承を得たので掲載させていただき
ます。すごく詩的な文章で感激いたしました。
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思えば写実画が好きだった頃、
より精密でよりリアルな絵ばかり追っていた気がする。
自分が子供だったのだと思う。
当時は科学主義が万能だと思っていたし、
人間がカメラのように現実を写し取っていることに
感動を覚えたのかもしれない。
それでも少しずつ大人になるとわかってくることがある。
科学が決して万能ではないこと、
現実が決して論理で割り切れないこと、
いや「正しい」とはわかっていても誰もが目や耳を
閉ざしてしまっていること。。。
「光」をひたすら信じるもの
「闇」を肯定しまうもの
利口な生き方が大人の生き方と思うもの
いつしか自分も
見えなかったものが見えるようになり、
見えてたものが見えなくなった。
いつの頃からか絵の見方も変わった。
絵を無理に理解する必要も、意味づけする必要も
ないことに気がついた。
知識なんてなくても、ただ絵と向かい合った時に
心に何かが染み入ってくるような感覚を大切にする。
10代の時にような強烈な衝撃を受けることはなくなったが
逆に絵を見ることで疲れた心を癒されることは多くなった。
今はこう思う
世界に光と影があるのなら、
人間にも光と影があるに違いない。
盲目的に光を信じる訳でもなく、
闇に心を閉ざす訳でもなく、
闇の世界の一筋の光こそ、
人間が信じることのできる本当の希望かもしれないと
ギリシア神話の「パンドラの箱」も全ての厄災の後に
残ったのは「希望」だったのだから
レンブラントの絵を見ながらそんなことを考えた。
written by ミズシーさん
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